伝わるステップ(改訂版)
8月14日にアップした「伝わるステップ」を大幅追記補完しました。
「伝わるステップ(基礎理論編)」の完成版をお届けしましょう。
ベースとなる編集長のつぶやきはこれ
伝わるステップ1)「正確に隅々まで理解する」がベース。2)大事なのは「面白がる」または「大切だと思う」「幸せに感じる」こと。3)相手をコレで幸せにしたいと本気で思うコト 4)相手のココロの動きを自分自身の問題としてとらえ(コミットし)つつ伝えること
──「Twitter/@m_asami:伝わるステップ」より引用
なにが伝えたいつぶやきだったのかというと、人にモノを伝える方法論のようなこと。そんな話を聞きたいとも思っていない人たちを相手に、どうしても自分の主張を伝えたい(あるいは頼まれて伝えなければならない・業務として伝えなければならない)という事態は時々発生しますよね。
立派な主張は、その主張が価値あるものであればあるほど、その内容に全く興味のない人にとって、とっつきにくく、理解する気力のわかないものに見えたりします。(一方で、その主張が数多くの人に認められ、報道されるようになり始めると、皆がまた理解しようと努力し始めるという現象が起き始めますが、それはまたの話にしましょう)
一つのテーマについて話すことを求められ、その場にいる皆がこちらの話題に興味を持って参加している場合はそれほど大変ではありませんが、これからこちらが話をする内容にあまり興味がない人たちが混じっている時に、伝えたいことをどう伝えたらいいのかというのはなかなな難しい課題です。
実は、自分の主張を人に伝えるのにはコツがいります。上のツイートでは、こうした場面での伝え方のコツを140字以内で語ったもの。細かなテクニックは別にして、基本としてはこれだけは押さえておきたい項目です。
なかなか分かりにくいので以下に逐条で詳述してみますね。
■1)「正確に隅々まで理解する」がベース
話し手が他人に「何か」を伝えようとする時には、話し手はその伝えようとする内容を正確かつ確実に知っている必要があります。これが抜けていると伝わるものも伝わらないのはあたりまえですよね。
でも、この「あたりまえ」ができてない話し手の多いこと。お役所主催の事業説明会とかで時々発生しますね。部長さんあたりがこのタイプとして出現します。担当職員さんが正確に理解している場合が多いのであまり問題にはなりませんが。あと、時々、環境問題系・ジェンダー論系などで(保守革新の立場を問わず)急進的な主張を繰り広げている皆さんにも時々この「正確に理解」ができていない例を見かけます。(いや、気のせいかもしれません・笑)
正確に理解すること。
自分の言葉で、心から理解すること。
自分が理解していないことは、決してヒトには伝えられません。
ところで誤解のないように書いておきますが、この場合「正確に知っている」というのは、テーマとなる範囲の事柄を全て知っていなくてはならないという意味ではありません。範囲は狭くてもいいので、自分の主張したい・伝えたいテーマについては正確に意見を明らかにしておけ、という意味です。例えば「自然界の生き物について」とか「日本の政治のあり方について」などの壮大なテーマについて語らなくてはいけない場合に、自然界の全て・日本の政治の全てについて熟知していることを聞き手は求めていないのは分かりますよね。
■2)「面白がる」「大切だと思う」「幸せに感じる」ことが大事
話し手が、その話題に興味を持ち、それを「面白がってる」「興味をもっている」ことはとても大切です。あるいはその内容を自分にとって「大切なことだ」と思っているかがとても重要になります。
誰かの話を聞くときに、話し手が興味を持ってもいない話を聞く気になりますか?その話が別に大して重要でもないと思っているヒトの話を聞きたいですか?
ヒトに話を聞いてもらうためには、どれだけ深く真剣にその問題を考えているかよりも、どれだけその問題を大切に興味を持って扱っているかどうかの方がよほど重要です。
もし、会社やクライアントから「無意味なこと・個人的には反対していること」を「誰かに説明してこい・説得して来い」などと義務的に要求された時も、努力して「面白がる・大切だと思う」気持ちにならないといけません。でないと伝わらないから。(これが一番上手なのはお役所の役人さんじゃないかなと思っています)そして、もしどうしても面白がれない、大切だと思えない内容だったら、もうそんな仕事は断っちゃいましょう。
(そんなことしたらクビになる?…もう、そんな会社やめちゃえばいいと思います)
そして、さらにその話題を知っていることを「幸せに感じ」ているかどうかも、伝えるためには重要なのよね。ただ、これはあまり前面に出し過ぎるとウサン臭くなるから注意が必要です。そのあたりは【テクニック編】で詳述しましょう。
■3)相手をコレで幸せにしたいと本気で思うこと
なぜ伝えたいのか、なぜ伝える必要があるのかを考えると分かると思うのですが、それは相手に対して、今より少しでも幸せになって欲しい。知り合いとして少しでも幸せになって欲しいからと言えませんか?(っていうか、編集長的にはそれ以外にヒトにモノを伝えたい理由なんかなくていいとさえ思えます。あれ?極端ですかね。でもホントにそう思う…)
ここで問題にしたいのは、話し手の態度が「お教えします」になっていないかどうか、ということなのですが、そのあたりは【テクニック編】に回しますか…。
「あなたの知らない新しい幸せな世界を、私はあなたに教えてあげられます」って言うと、もう本当に新興宗教みたいなもので、多くのオトナは耳を傾けてはくれなくなりそうです。でも「奥さん、奥さん!お買い得商品ありまっせ♪今日はちょっと仕入れすぎちゃってネギが安い!」だったら飛びついてくれるかも知れません。
ネギの売り手は、もちろん自分の商売を上手く運ぶために叫んでます。しかし、一方で、ネギを安く買える情報を提供することでお客さんに幸せになって欲しいという態度を取っているべきです。商売上手なネギ売りであればあるほどそこを大事にしているはず。なぜなら「お客にとっての幸せとは何か?を本気で考えながら、具体的に幸せのカタチを提示している」方が共感が得られやすいからです。共感が得られないと話を聞いてはもらえません。(※追記3)
相手の警戒を軽減しつつ、共感を得るためには、私はあなたに本気で幸せになって欲しいのよ。という態度になりきることが一番の近道だったりするのよね。
■4)相手のココロの動きを自分自身の問題としてとらえ(コミットし)つつ伝えること
人間って意外とわがままな動物で、自分の求めていることしか聞こうとしないし、理解しようともしてくれません。自分が聞く立場に立って考えたら分かるでしょ?
やはり、聞き手に理解してもらいすいように、聞き手に興味を持ってもらえるように話を進める必要があります。どれだけ聞き手にとってそれが重要か、その話によってどれだけ聞き手が幸せになれるかを感じられるように話を進める必要がある。それを実現するためには聞き手の気持ちの動きに敏感になる必要があります。で、一番簡単に実現できるのは、その人になりきること。聞き手の心の動きに、どれだけ自分の気持を寄り添わせることができるか、が話の説得力を左右します。
聞き手にどれだけ自分の気持ちを寄り添わせられるか。といわれても、ちょっと抽象的で分かりにくいかも知れません。でも、皆さん、小さい頃「相手の身になって考えましょう」と言われたことはないですか?ここで言っているのはまさにそれ。「相手の身になって考える」という技術はコミュニケーションの基本作法のように言われています。でも、実はこれ、相当な高等テクニックなのですよ。世の中を見渡してもなかなかこれを実践できている人にお目にかかりません。(編集長ができているかどうかは話が別だけどね。でも、最近他の人よりは得意であることに気づきました…テレ…)
自分の言葉を相手がどう感じるかなんて予測がつきません。だって私は私であなたではないですものね。でも、表情を見ながら何度かやりとりをし、相槌を打ちながら相手の意見を聞き、自分の話にどう相槌を打ってくれるかの観察を繰り返すうちに、何となくお互いの考え方や感じ方が見えてきます。
自分の感覚を相手に寄り添わせっ放しではいけないのですが、きちんと寄り添わせないと通じません。どんな話に相手が反応してくれるか、どう言ったら興味をもって理解してもらえるか、それを理解するには、相手を知ること、相手の気持ちになることが一番近道だと思うのです。
※追記1
1)に関して「人に語ることで理解が深まる」ということもあるから「理解が正確に深まるまで人に話さない」というのは間違っているのではないかというご意見をいただきました。まさに、人に語ることで理解が深まるというのは確かにその通りで、次回のネタはその話にしようかと思ったりするくらいです。
でも、そのことと今回のこの話はちょっと目的が違うのです。
ここでは、ある使命感をもって誰かに何かを伝えようとする時に、話し手はどういう態度をとるべきか、という問題意識が話の中心にあります。そういう意味では、中途半端な理解で場に臨み「聞き手と一緒に考えよう・対話の中から何かを見出そう」というのは無責任だと言わざるをえない。
ここでは、ある責務をもって誰かにある内容を伝えようとする時に、話し手がどういう態度を取るべきかということを述べているつもりです。しかも前提として、伝えたい相手はこちらの話に興味があるのかないのか分からないヒトたちです。この前提が伝わらないとすると私の伝え方が悪いということになるのですが…
※追記2
同じく1)に関して「熱意をもって伝えたいことがある人とその態度をリスペクトすべきであって、正確に知らないからといってそれを非難してはいけない」というご意見もありました。確かに、リスペクトする聞き手の立場にたてばそれでもいいですし、私が聴衆ならばそういう聞き方をしていることが多いです。でも、興味があるかないか分からない聴衆にどれだけその内容を届けられるかという観点からすれば、そんなに聞き手のリスペクトに甘える手法には戦略的に問題があります。
※追記3
あれ?なんかおかしいですね。話をしないと共感を得られないはずなのに、共感を得られないと話を聞いてもらえないなんて…。じゃあどこから始めたらいいんでしょう。それはテクニック編かなあ。
ホントにテクニック編を書くときが来るのかな…(ボソ…
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