06. 来んさった。

2011/01/02

≫ 謹賀新年

あけましておめでとうございます。
正月、元旦と2日は、実山で過ごしました。
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年末のあいだに、ふだんは遠くへ出られている、娘さんや息子さん、お孫さんたちが、ぞくぞくと帰省されていたようで、非常ににぎやかになっていた実山。

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雪の中で、そりなどを使いつつ遊ぶ子供たちの姿がたくさん見られました。

きくおさんのお宅へ、ひろもとさんと一緒にお邪魔しました。
「家々で、こんな風に正月を過ごしている」というのを、かいまみることができるのは、よい経験になるだろう、とひろもとさん。きゅうにお邪魔したのに迎えてくださり、ありがとうございました、かずこさん。その後、ひろもとさんのお宅へもお邪魔しました。お孫さんのせいたくん・ひろとくんが、遊んでくれました。都会に住んでいるお孫さんも遊びに来ていました。ちづこさん、ゆきこさん、ありがとうございます。

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大晦日に降った大雪で、一部で交通に支障のでたところがあったらしいものの、昔からよく大雪の降る小代では、皆さんぜんぜん平気な様子。道路も、十分な対策がとられていたり、その都度の除雪車による作業があったりで、とりたてて「非常事態」ということにはなっていないようでした。

ただ、もう、歩くときに、長靴の高さより深く雪のなかに沈んでしまうようなところが増えてきました。家の外にでるための通路の確保をしたり、もろもろの道を開けたり、といった作業が、日々のルーティンワークのなかに追加されることになりました。、
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2010/12/17

≫ 窓辺に気配

雪というものを、「少しずつせまってくる存在」として意識したのは初めてのことだった。
氷ノ山などの高い山では、早くから初雪が降り、小代から見える山麓のいくつかも、少しずつ頂のあたりが白いままになってくる。
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「高い山に雪が降っているのが、2~3度見えたら、次は、ここらの山にも降る。」
‥こちらに来て何度か聞いた言葉だ。(写真は 【2010年12月8日夕方】)

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さて、雪が本格的に降るよりも、かなり早い段階で、ここらの人はみな雪囲いを設置していた。(11月17日、11月25日‥) 新屋のオフィスでは、毎年つけているという、窓の外用のカバーも装着した。(除雪車から飛んでくる雪への防御用か?!) スモーキーなカラーで波打った形(トタン型)の樹脂素材でできている。これによって、家のなかにいるときの窓辺の雰囲気が変わった。
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冬の、低い角度での日差しの影響もあるだろう。外の草のキミドリ色の輝きをあでやかに感じられる。(【2010年11月28日朝】,台所の窓)

さて、ある朝、窓辺の感じがいつもと違う、というなんとなくの印象があった。
「来んさったか?!」「そこにおりんさるのと違うだか!」

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前日に、実山の「いきいきサロン」のイベントに参加していて、その夜、雪がはげしく降っていたのを帰り道に見ていたので、「来んさって、そこにおりんさる」のがほかでもなく「雪」であることを私は知ってはいるわけだ。が、もしも、私が「清少納言」とかのようなカテゴリーに属する人間であったなら、直接に屋外の雪をみるのではなく、すだれごしに庭の雪をみる、とかそんなであったろう。なのできっと、(窓辺の変化というものを通じて知りてこその) この雪の存在感のことをつづっただろうに違いないなぁ、などと想像をふくらませつつ、写真に撮ってみた。(【2010年12月17日朝】)

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さて、「インドアからの雪景色」を続けてみようと思う。
‥じつは、最初に雪が降った日に、さっそく新屋では雪が溶けずに残っており、翌日も、溶けかけた雪が凍ったりなどしているところがあったためか、近所の坂道ですべって転びそうになった。なので、雪の降り始めの写真は、屋外では、自分の足元確保をするので精一杯だった、ということもあり、ほとんど写真を撮っていない。まったく余裕がなかったのでした。

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【2010年12月17日朝】の続き。洗面所の窓。

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窓ガラスごしの画像ばかりでは、不完全燃焼な感もあるので、窓をあけてみた(笑)。
向こうの山(矢田川の対岸の佐坊集落)のあたりの雪が、ほとんど溶けている様子であるのは、向こうが東向きで、日当たりがよいためだと思われる。

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2010/12/01

038.サル、ヒマワリ、墨絵‥

【2010年8月20日】
役場へ立ち寄った帰り道。茅野(かやの)から新屋へとあがる坂道。

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17:42 - サルたちが、のたのたと移動中だったので、車をとめました。

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17:49 - 「そうか、今オフィスでは役場や地区の放送がまだ入らないし、
サルがどこにいると(放送で)言ってるのかも聞いていないから、うっかり
していたなぁ」とぶつぶつ言いながら運転していると、またしてもヒマワリたち
の姿に不意をうたれ、車をとめました。

この道は、(両脇に植えられた)アジサイの道だと思っていたので、
ヒマワリがでてきたのに驚いた、ということでした。

地区のひとにたずねてみると、別の場所で育ててあったものを、このあいだ、
ここに植え替えたのだよ、とのことでした。

気をとりなおして、運転をしようとすると、今度は遠くの山並みが気にかかります。
いつもは見えていなかった山の稜線の重なりが、光の加減でよくみえます。

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17:50 - 山水画のような世界にみえてきました♪

それにしても、写真も不思議です。ひとつ前のヒマワリと、1分しか変わらないのですよ!
携帯電話のカメラなこともあり、明るい光と暗い光を同時に撮るようにできないせいか、こんなに違う撮れ具合となってしまいました。

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17:51 - こんどは、高台の上の畑に目を奪われました。

「あの畑で、高所恐怖症の人は作業ができんだろうなぁ。」

‥こうして、いつまでたってもオフィスへたどりつかない道中を過ごしてしまいました。

役場のくにとしさんが、ご飯に行きませんか、と誘ってくださりました。

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029.植物が好き、動物が好き。

8月1日の獣害レンジャーのときに来てくださっていた中田先生と学生さん2人が、鳥獣害対策の調査で但馬へ来られているとの知らせをもらいました。その足で小代へ立ち寄ってくださることになり、但馬オフィスへ泊まってもらうことになりました。

【2010年8月10日】
Nads_28821 柵などの対策の有無の調査をされている様子でした。航空写真をもとに、調査スポットの見積もりをたて、実地に点検をして、もろもろの項目を記録してゆく。

調査の途中、ヌートリアなどの動物に出会ったそうでした。

【2010年8月11日】

朝の散歩へゆく、じゅんやくんとにしなさんに付いてゆきました。
夏の朝は、5時6時台の、太陽がのぼりきる前にゆくのがコツらしいです。

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まずは家の前から。

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新屋集落のところからあがってゆくと、スノーパークがあり、それを越えてまだまだ奥まであがってゆくと、高原の村(但馬南部高原/とちのき村)があります。

カラスの鳴き声が聞こえてきます。カラスの鳴き方には大きくわけると2つの系統の種類があるのだ、とじゅんや君が教えてくれました。(にごった鳴き方をするものと、澄んだ声で鳴くものと??)

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八反滝のところまでゆきました。

↑ いのりは、「やそりだき」と読んでしましましたが、それは間違いらしく、「はったんだき」が正解です。

☆ 載せきれなかった「小代の夏」写真はコチラ↓

[ 写真は、アップロード時に処理をし、どれもサイズを落としてありますが、 1024 x 768 どまりにしてあるはずです。最近のワイド画面には対応していませんが、壁紙にできるくらいの大きさですよ!]

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2010/11/20

020.草むしりと枝おとし

【2010年8月5日】

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君のことをよく知らなくてごめん、コクワガタ君

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冬場の雪で垂れ下がる枝を切ってしまおう。

(↑ 冬といえば、もうすぐそこまで来ています。この写真からは、遥かなる夏の日、とでもいうような空気があふれていますね。早く夏になれぃ。)

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この日、競争率の高い難関をくぐりぬけた、県(兵庫県)の幹部候補生の方々が、研修の一環ということで実山地区へ一泊で来られたのでした。

ふだんは神戸におられる方々なのだろうと思います。研修のあいだは塩屋(?)の研修センターで過ごされていたのかな。この日は、まずはるばる播但線を乗り継いで、小代までたどりつく、ということが一大イベントである、とのことでした。

町の役場(小代地域局)で、宿泊などお世話になりつつ、作業をこの日(草むしり)と翌日(枝おとし)に取り組まれます。別途、直接にいろいろなコトを語らう「懇談会」ももうけられているのですが、体験作業を通じ、村の人と接するなかで、「≪条件の悪い集落≫での生活にふれ、どんな課題があるかを勉強してきなさい~!!」ということで、来てくださったようです。

‥え??  実山は、暮らしてゆくにあたり ≪条件の悪い集落≫ なの?
この話題は、次の記事あたりにのこしておきましょうか。。

さて、小代生活5日目の私も、県から来られた若手の方々と一緒に作業に参加させてもらいました。仕事の立場も最終目標も異なるながら、「実山地区での生活の内側からの、集落の課題の把握をしてきなさい~!!」という使命に関しては私のものでもあります。

この日来られていたのは、5名の方々でした。但馬では、実山地区以外にも、数々の集落が、「小規模集落元気作戦」のモデル地区になっているらしく、ほかの幹部候補生のひとたちもまた、他のあちこちへおもむき、視察や体験作業や懇談会参加をされている、とのことでした。

[草むしり]
集落のいちばん上(かみ)のところにある、お宮さんのまわりの草むしりをしました。もともとの木に寄生するように生えていた枝を切ったりしているときに、コクワガタをみつけました。(写真1枚目) 抜いた草や切った枝を集めて焼くのですが、焼いた火が燃えひろがらないよう、見張りました。
[枝おとし、道路の補修]
お宮さんより奥にある、山へ続く道の割れているところの補修と、長く垂れている枝や畑にかかって影が邪魔になっている枝を切る作業をしました。(写真2枚目) はるこさんが畑に出てこられていて、「あすこの枝がなくなるの、嬉しいわ~」と喜んで下さりました。

さて、県の方々とのやりとりは楽しいものでした。‥私も、ある面、「村にいる人だ」ということで、いっぱい質問をされました。「村のことを知ろう」として浴びせかけてもらった、幾多の質問が、その後の私の「アンテナ」や「好奇心」の土台となった気がします。

あさみさんはアドバイザーとして来訪、懇談会では、県の方々と村の人々のやりとりのナビゲーションをつとめられました。

あちこちの地区をまわりつつ、実山へも来てくださった、県の武田さんが、「元気作戦」の他のモデル地区にいるサポーター(支援員、私と同じ立場で動いているひとたち)のことをちょこっと教えてくれました。他の4名のひとたちへ思いをはせてみました。‥その方たちときっといつか会えるのでしょう!

【2010年11月6日】
その後‥3か月後、他の4名のサポーターと会えました!
「但馬元気村サミット」なるイベントに、実山区長さんと参加したときのことでした。各サポーターが自分の担当地域での活動の報告をする、という場面がありました。私は、「マイクロ交流」というトピックのなかで、≪ひとりひとりの人と、1対1で話をきいたりする作業≫を軸とした活動について話をさせてもらいました。

3か月前のことに思いをはせていました。

  • そういえば、県の人(Fさん)と一緒に、実山のはるこさんについて田んぼを歩いて行ったときに、もち米の稲と、うるち米の稲の境目のところで、色が変わっていることを見せてもらったなぁ。
  • 懇親会のときに、実山のいちろうさんが、「よそから来られた人に、花や生き物の名前を教えてあげられる人がいるというのも大切なことです。(≪植物のたたずまいや、動くもののふるまいなどに目をむける≫きっかけを作るという意味で)」ということをお話されていたなぁ。
  • 県のひとにも、植物や特産物などに詳しい方がいて(Oさん)、お味噌の話をしてくれたなぁ。(「いわゆる田舎味噌というのとは違った、上品な味のする味噌もあるよ」と。筆者が、「矢田川味噌」や「米地味噌」の味くらべをしてみたいな、と思うきっかけとなりました。)

【2010年11月3日】
小学校区のイベントで、PTCA活動(生徒と教師、地域と親を交えた活動?)の一環として、「香美町の観光資源や特産物についての語り方」を伝授する講演がありました。折しも、山陰海岸のジオパーク認定を契機として、「ジオパーク的観点から、風土をとらえる」という関心が高まっていました。なので、講演の内容も、「棚田米はどうしておいしいの?」「カニがどうして沢山とれるの?」「吉滝と要の滝はどちらが古いの?」といった問いに、「ジオ的」観点から(地質学的な説明をまじえつつ)、どうやって答えられるかが紹介されていました。

それにしても、≪「語り方」を伝授しつつ、「ふるさとを知って好きになってもらう」輪が遥か遠くまでひろがるようにする≫ のが、「ふるさと教育」だ、というのは、私にとり、その枠組みじたいが新鮮に思われました。これまでの都市生活のなかでも、郷土教育から話題のスポットめぐりまで、そういう場面があって、経験をしてきたはずなのですが、あまり気にとめて来なかった気がします。そうなんだ、今では小代では、小学生の時分から、そういうことを教わって(郷土愛も育まれて)いるんだ。‥ほんとに、ひゃー、なるほど! (ガッテンガッテンガッテン‥)

その日の講演は、(a) 「ふるさとを守る」(環境保全や治安) (b) 「ふるさとを元気にする」(経済振興) (c) 「ふるさとを知って好きになる」(教育や観光) の3つの関心を柱とするものだ、と紹介されていたので、私は3つめの関心の部分で大きく揺さぶられていた、ということなのでしょう。

【2010年8月5日】
もう一度、3か月前へ戻りましょう。夏の陽光の写真をたくさん撮っていました。写真、結構な枚数を撮ったのですが、なにか血肉になったものがあったでしょうか??  いま思い起こすと、漠然と「うつくしい国土」というような言葉でしか言えないようなものの印象が深く刻まれています。 (とはいうものの、「うつくしい」ということを口にし始めると、なぜかなにか危うい気もするので、今はこれ以上は言わないでおきましょう。)

たぶん、自分は、小代に住んで、実山地区をとりまく暮らしや風土について、「知って好きになる」ためのいざないを数限りなく受けとめる日々を、今日まで過ごしてきただろうと思います。そして同時に、それが(ここでの暮らしや風土が)、「自分を養ってもくれる」ふるさととして、守るべき、元気にするべき「ふるさと」として、迫ってきている心地もあります。しかも、「そう易々と守れるものでもない、そう簡単に元気になるものでもない」という現実とともに。

「本当に、いったい何ができるだろう??」と問いなおしている自分がいました。

なにか、うつくしいと思って、心に刻まれたものがあったのだとするならば、それにも向かって。

【2010年11月20日】

実山日和。小代での滞在の、折り返し点をむかえている、という心地になりました。

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2010/11/11

014.お隣さん・ご近所 2 ~「集合住宅で扉全開」の巻

【2010-07-25】
大阪の市内から、小代への引越し作業をしている間のひとコマの話です。
≪お隣さんと、どうやって話をするようになったか≫

当時まで私は、ワンフロアに8軒ほどの家が並び、7階建て、という集合住宅に住んでいました。部屋に洗濯機の設置のできないワンルームで、1階の駐輪所の脇のコインランドリーで洗濯をするという感じの暮らしです。エレベーターで一緒になったひとや、洗濯の行き帰りに顔をあわせた人と挨拶をしたり、少し立ち話をしたり、というくらいの近所づきあいです。

一人暮らしの世帯が大半で、仕事にでている時間もまちまち。実際のところ、なかなか顔をあわせることがありませんでした。大阪キタ(梅田)やミナミ(心斎橋)から近かったこともあり、1日に、用事で出たり入ったりを繰り返す、というような日もありましたが、それでも、あまりご近所さんとあわない。自分が引越してきたときに、両隣と上下の階には挨拶をしておこう、と思い訪問をしてみましたが、いついっても留守で、5回目くらいで、やっとお会いすることができた、という家があったことも思い出されます。

とはいえ、いま、隣近所の方々と顔をあわせることが頻繁だ、と感じるので、それに比べて「少ない」のだと、思い出しているかもしれません。当時は、それでも、顔をあわせたり、話をしたりする機会が、まだ「あるほうだ」と思っていたような気もします。

さてさて。去年の秋、空いていた隣に、新しく人が引っ越してきた様子でした。若いかたのようでした。〔中略〕 結局、仕事に出るときなどに、姿を何度かみかけるどまりで、ずっと話をしたりすることがなかったのです。

ところが、10ヵ月後のこの夏。私が引越しをすることになり、そして、向こうは、冷房機の調子が悪く、玄関の扉を開けたままにすることが多くなりました。すると途端に、交流が始まったんですわ。不思議なものです。

集合住宅では、住宅のつくりにもよる面ありますが、扉がしまっていると、家にいるのかいないのか、住んでるのか住んでないのかが、ひと目ではなかなかわからないんですね。
しかし、扉が開いていると、前を通らなければいけないので、なんとなくわかります。今、料理をしてはるな、とか。‥ことに、お隣さんの、扉の全開具合はすごいものでした。ちょっとすき間をあけている、とかではなく、全開。そして、そのまま(お隣もワンルームです)そこで寝息をたてていたりしはるんですわ。

いま思えば、画期的なことでした。私が引っ越したあとも、同じフロアの他のひとたちとの交流ができてきた、という話を、あとでききましたよ。

思い出してゆくと、たぶん最初は、「暑いですなぁー」とかそんなやりとりでした。次に、私が、もう少し遠く離れた、ご近所さんよりいただいた、さくらんぼを、お隣がいてる、とわかったときに持っていったんではなかったかな。そうしたら、お隣さんが、妹さんかいとこのひとだかが、和歌山でつくってるんですー、と夏みかんを持ってきてくれました。ぎんぎんに冷やして食べたらうまいですよ、と。

結局、「お隣さんのお部屋見物」ということで、うちへも来てもらいました。お酒を飲みつつ、色々とお話。
和歌山の勝浦~新宮あたりの、海側ながら山もせまっていて、自然豊かなところにもともと暮らしていた、とお隣さん。当時仕事が少なくなっていたらしく、大阪へ出てみようと思った、とのことでした。飲み水や空気、夜空の星など、自然環境の話題などがでて、「なかなか、コンクリートジャングル(大阪)で暮らすのに、慣れませんわー。」といった声も。

私が、自分のこれから滞在する先(小代)について、どうやら自然の豊かなところらしいですよ、と話をし、小代の観光協会でもらったパンフレットを見てもらうと、かなり興味をもってくれたようで、1つさしあげました。

その後、そのお隣さん。連絡やりとりなどをしつつ、ご縁が続いて、秋の稲刈りのシーズンになったときに、大阪より小代まで来てもらうことになったんですわ。実山で稲刈りのお手伝いまでしてくれました! 村岡くらいまで来たときに、空気がおいしい、と喜んではりました。実山の田んぼまで上がる斜面のけわしさに驚いてました。牛舎をみて懐かしいといってました。‥などなど。

都会に暮らしておられる皆さん、いかがですか!
玄関の扉を全開にしてみることから始まる、ご近所づきあい(?)。

‥そういえば、養父の初田さんより、このあいだお話をきかせていただいたとき、
「熊手を持って、丈の短めのズボンをはいて家の前を歩いていた」ことから、ご近所のかたがからんでくださり、思わぬところへ展開してゆく出会いとなったわー、というようなお話がありましたよ。

「熊手」が決め手であったかどうかわかりませんが、「熊手」は印象に残ります。おもしろいですね。

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当時の写真を2枚。
◆ 引っ越し作業をしているあいだに、当時住んでいた区域のお隣の区域のお祭りが、(自分の住んでいた区域のものと違って)かなり規模の大きいお祭りである、ということを知りました。6年間住んだのに、いざそこを離れる、というときになるまで、出会わなかった、というのはなかなか因果なものです。
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みこしの上に人が乗っているのですが、最上段が男子、中段には女子が乗っていました。

威勢がよかったですよ~♪
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◆ 小代の新屋(にいや)地区の家へと帰宅するときにみえる、対岸(お向かいさん)の集落にともる灯り。
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山の中腹に家があるなんて、と初めはびっくりしたものでした。

「標高の高そうなところ」や「斜面」に住宅がある、といえば、神戸方面でもあちこちにあるのかもしれませんね。わが社の本社も、周辺道路の「斜面」のけわしさは、ただものでなかった気がします。また、宝塚より西側へ入った西宮名塩のあたりでも、斜面の活用度の高いところがありそうな気配を感じました。棚田をみかけたような気がします。

‥「斜面」を目にするだけで、親近感を感じてしまうこの頃、でした。
「斜面」萌え? 「斜面」フェチ??

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2010/09/30

005.ウェルカム、「車で3時間半」 (3/3)

〔‥つづき〕

ところで、小代へ下見に来た日に、すごく気になって目をひかれた光景がありました。新屋へと続く長いのぼり坂の道沿いに、あじさいが並んで咲いていたのです。

道の両側に、20株ずつくらい植えられてあったのではないでしょうか。
山林の多い場所であっても、人の住んでいる「町」である、ということを「ぐっ」と印象づけられました。[新屋は、スノーパークなどの施設へ毎年お客さんを迎えてきた町だけに、もてなしの心が蓄えられているのでしょうか?]

それから同様に、養父市の八鹿バイパス(9号線上)あたりですが、「朝倉」というところの道が、きれいに刈り込まれた並木の道でした。
トンネルを抜けたところで、その道がでてくるので、私は勝手に「ウェルカム・ロード」だな、と名前をつけておりました。

誰でも、自分がふと気づいて好感をいだいた光景には、愛着をもつものだと思いますが、私の場合、小代を訪れるごとに、その「ウェルカム・ロード」やウェルカムあじさいと再会できるのが、(運転中の出来事として)喜びでした。

実は、今回の私のこの仕事への応募のきっかけとなるお話を教えてもらったのも、兵庫県の「上郡(かみごおり)」というところへ仕事で行ったとき(5号線? 東西に走る道)に見かけた「並木道」が可愛らしく、感激した! という話を知人にしたことがきっかけで始まった会話のなかででした。知人は言いました。「そういうところへ行く仕事だったようだけど、そういうところへ住む、という仕事もあるよ。」

上郡の並木道の場合は、「よし、結婚したら、その並木道を見に小旅行しよう~」などと勝手な想像をふくらませるに十分な余白のある、魅力的なものでした。上郡までの距離を、あまりに遠いと感じていたため、それほどの飛躍のある想像が到来したのでしょうか?? ‥ともあれ、現在但馬へたどりついている背景には、「並木道パワー」の導きもあった、というわけです。
長時間の移動で、ややもすれば単調なリズムの時間を過ごす者のこころには、ちょっとした並木道などの光景が、ごほうびのように映る、ということでもあるのかもしれません。

さて一方。
新屋のお宅に着いたときに、近所に住むという、84歳のおばあちゃんが迎えてくれました。非常にお元気な方でした。どういうわけか、我々の到着をとても喜んでくれました。
「よう来んさったなー」と。
(このおばちゃんのことについては、また書くでしょう。)
‥ウェルカムな話題を連ねてみました。

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新屋集落への入り口付近。
長く続く坂の終盤で、ぽんぽんぽんぽんぽんっ、とアジサイが迎えます。

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但馬へようこそ。並木道が迎えます(写真は、朝倉[養父市])。
そして、わたくし、大久保もお待ちしております(但馬オフィスまであと40km!)。

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005.ウェルカム、「車で3時間半」 (2/3)

〔‥つづき〕

大阪に住むのと、小代に住むのとでは、環境がガラリと違う。
道のつくりや、道どうしの関係もぜんぜん違う。
ということは、「距離(km)」や「かかる時間」だけを単純に比べる話からは、あまり何もでてこないような気がしています。やはり、「感覚(心理的なもの)」の比較も伴わなきゃいけない。「感覚」を比較しようにも、まだ(小代に)住んでいないから、感覚がない。

なので、小代に住んで半年をすぎたくらいの、車での移動にも慣れてきた頃に、新屋の家からの「●めっちゃ近い」~「●遠いけれど行けなくはない」までのリストを作成し、それとの関係で、小代から大阪までの距離が、よくいく場所の何倍くらい遠いエリアなのかを算定してみたいな、という風に思いました。

というわけで、半年後の記事をお待ちくださいませ♪
////////
とはいえ、現時点でわかっていることも、いちおう書いておきましょう。

●いちばん近いマクドナルド - 和田山店(車で72分ほど)
●いちばん近いコンビニ - LAWSON 村岡店(車で30分ほど)
◎いちばん近いスーパー/ホームセンター - ナカケー/コメリ 村岡店(車で24分ほど)
●小代エリア内の小売店 - チコマート(車で7分ほど)

[※あとになってわかったことですが、小代から大阪・神戸方面へゆくのでなく、反対の鳥取側へゆくなら、「いちばん近いマクドナルド」として、鳥取北店が50分ほどでゆけるようです。また、豊岡エリアも同じくらいのがあるかもしれませんが、未確認。]

現時点の経験値にすぎませんが、これまでの感覚で言いますと、
● ≪ たいていのものが「天王寺」より遠くにある。≫
[★天王寺は、福島からみて、大阪JR環状線の反対側。]

まず、距離でみると、新屋の家から、チコマートまでが、だいたい5km。おじろん(銭湯感覚でゆける温泉施設)までが、7km弱程度。‥ほんまの最寄りの店までが、距離ですでにある程度離れているわけです。(こんなに「坂道」でなかったら、自転車で行けなくはなかったでしょうけれども。) ‥これらは、これまでの自分の感覚での「●ちょっと遠い」ゾーンです。

次に、かかる時間でみると、それなりに品揃えのあるホームセンターへ行って、スーパーにも寄ろう、と思えば、片道20分以上かかる。これは、福島から天王寺まで大阪環状線でゆく(20分)より遠いわけです。

「天王寺」より遠い、ということは、(生活上) ちょっと遠い。
いろいろなものがまばらにあるのだと思えばよいのでしょうか。

大阪にいるときは、休日など、公園へゆくのが好きでしたが、いまや、公園どころか、山林があり、おいしい空気にあふれています。まばらになった各種店舗や施設のあいだを埋めている、山林や田畑の光景たち。それらが、何より、これまでとの違いでしょう。

〔つづく‥〕

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005.ウェルカム、「車で3時間半」 (1/3)

小代まで(新屋地区まで)、大阪(福島区)から車で、どうやら3時間半ほどかかるようです。
例えば、大阪から神戸まで自転車でゆくと約2時間かかりますが、それと比較しても、さらに「長時間」です。
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車にのった経験がほぼないこともありまして、「車で3時間半」といってもなかなかイメージがわかない。これまでの暮らしでは、主役の乗り物が「自転車」だったので、距離を把握したいときには、なんでも自転車でかかる時間に置き換えて把握していました。‥ここにきて、このものさしは破綻するわけです。
せっかくなので、このものさしの「最期」をしっかり見届けましょう。(有終の美??)

これまでの暮らしでは、買い物スポットや繁華街、知人のよく集まる店や図書館、たいていどこへも、自転車で10分~20分ほどでゆけました。小代に住んだら、どんな感じになるのでしょう??

しかし、単純な比較を急がず、まずは、大阪で暮らしていたときの感覚を書き留めておきましょう。

 ≪大阪市福島区福島4丁目より、自転車(クロスバイク)で≫
●めっちゃ近い - 北新地 2.0km (9分程度)
●かなり近い - 北浜, 梅田茶屋町など 2.8km (17分程度)
[※梅田茶屋町は、梅田まで福島から1駅、と思うので心理的に近いが、梅田北ヤードの工事エリアを通ることもあり、わりあい距離がある。]
●まぁ近い - 心斎橋, 弁天町 3.6km くらい (18~22分)
●意外に行きやすい - 京橋 5.4km (28分程度)
[※心斎橋へは、格子状の道の色々なパターンでゆけるので、川を渡らなければならず道の選択肢がそう多くない弁天町へゆくのに比べ、距離は同じくらいでも、短時間でゆける。京橋へは、曽根崎通りの広い道を使えるほか、桜ノ宮エリアの信号の少ないところを通るので、距離のわりに短時間でゆける。]
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●ちょっと遠いけれど、行けなくはない - 森之宮[6.4km], 尼崎[6.8km], 天王寺[7.2km], 城北公園[7.9km]
●よくいく場所の4倍~8倍くらい遠いエリア - 高槻市[24km], 神戸元町Big Apple[30km]
[※自転車で歩道を通るときは歩行者に気をつけましょう。自転車での走行中は、原則ヘッドフォンや携帯電話の使用禁止ですよ。]
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〔つづく‥〕

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