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2010/10/25

011.お隣さん・ご近所 1

隣にあるものについて、「お隣さん」という呼び方をしてみると、親しみを感じる。

いま勤めているところや住んでいるところと隣接したエリアについて、「どこどこは、隣の町ですわ~」という風な思い方をすることによって、親しみがわく場合がある。

しかしひょっとすると、自分は、「お隣さん」をむやみに使いすぎているのではないか、とふと思った。

  • このあいだ、「村岡」でご飯を食べていたとき、「小代から来ました、お隣ですわ~」と言っている自分がいた。小代区と隣り合ったところに村岡区があるから、お隣だと思っている。
  • 以前、「湯村」のバス停にいたとき、電話で、「今、隣の町に来ているのですが。。」と話した。峠をひとつはさんで隣り合っているので、お隣だと思っている。
  • 車で小代に向かっていて、まだ「養父」市を走っているとき、「ここは、まだ隣やで」と同乗者に説明している自分がいた。あるトンネルの手前では「養父市」と表示され、そのトンネルの向こうでは「香美町」(自分の住む町)と表示されるので、やはり、隣だ、と思っている。

「お隣さん」に該当するものが多すぎると、隣で聞いている人は混乱するのではないだろうか??  親近感を受けとる範囲をめくらめっぽうに広げることで、八方美人だと思われるのではないだろうか?? 

とはいえ、心配には及ばないかもしれない。「お隣さん」は、「ただ隣であること」を示す表現であり、親近感を抱くことを強要するものではない。それに、長野県のような、数多くの県と隣り合った県に住む人が、愛想をふりまきつつ混乱しているというわけがない。

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私の好きなトピックの1つに、「国道 9号線の今と昔」という話がある。
何人かのひとに、R9 の昔はどんなんだったのですか? とたずねたのだが、なかなか面白い情報が得られる。
ちょっと昔にさかのぼる話のなかでは、トンネルがまだ開通していなかった頃のルート(旧道)を利用していた時分の思い出ばなしなどを聞かせてもらえる。
もっとずっと昔にさかのぼる話のなかでは、国道9号線という呼び名がつく前の街道の話になる。街道ばなしにも、江戸時代の街道から、さらに昔、古代(平安時代以前?)の道についての話までが含まれるわけだ。

ここで、その「ちょっと昔」の、トンネルが開通する前の状況に的をしぼってみよう。大昔すぎない話。今生きている人の記憶のなかで振り返られる程度の昔。さて、実山の人と話をするなかの節々で、「昔はトンネルがなかったものだから、あすこまで行くのにも時間がかかった」という話をよく聞くことに気づいた。

高齢の方の話をきくなかで、みえてきたことであるかもしれない。「今でこそ、トンネルがあって、行き来がしやすくなっているが、昔はそうではなかった。」「行き来のしにくい、峠の向こう、山ひとつ向こうの町は、自分たちのすむ町とぜんぜん違う世界、異空間、であるかもしれなかった。行き来の少ない町どうしを比べたら、習慣やすむ人の気質などに違いがあっても、不思議ではなかった。」

‥ということは、山間部でおこなわれる会話のなかでは、「お隣さん」イコール「遠い、行きにくい、アウェイ」なのだ!
隣り合っているということを、「もうすぐそこ、近い、ホームのそば」である、親近感を抱いてもよい対象である、とみなす私の感じ方とは≪別の感じ方≫をはぐくむ土壌があったのだ。

但馬のなかには、「内陸の山間部」で、「鉄道も走っていない」というエリアがざらにある。そういうところでは、「トンネル」ができるまでは、互いに行き来の少ない町どうし、という意味での「お隣さん」だらけだった、ということになる。‥おおお。

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ちなみに、大阪での、「トンネル」体験(私にとって、トンネルとは何であったか)もいちおう記しておきます。

私の住んでいたところの近所で、「トンネル」と言えば、大半が、鉄道をくぐる地下道のことであった。

  • JR新大阪駅(高架化されていない地上の駅)の、何本もの線路をまとめてくぐる、長い地下道があった。
  • JRの貨物線をくぐる、長い地下道があった。
  • 安治川という川をくぐる、長い地下トンネルがあった。(地下トンネルのできる前は、渡し舟があったらしい。)
    などなど。

平野部に暮らす生活のなかでは、トンネルとはこういうものではないだろうか。
鉄道や川を、その流れをさえぎらずに横断することを可能にする通路。
但馬に住む人々と、「トンネル観」は、かなり違っているはずなのだ。

このあいだ、大阪に住む母が車で小代へ来たのだが、第一印象として口にしていたのは、「道中にトンネルが多いなぁ」であった。やはり、大阪市内に暮らしているなかでまず目にしない、「山の中に突っ込んでゆくトンネル」が印象にのこった、というわけだ。
(もちろん、山の中をくぐるトンネルをまったく知らずに生きてきたわけではない。大阪市からそう遠くないところの、箕面、生駒、六甲などの山々でトンネルがくぐっていたはずだ。)

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さて、冒頭に記した、私にとって「お隣さん」として現れていた3つについて、簡単に整理をしておこう。

  • 「村岡」(兵庫県美方郡香美町村岡区)‥「小代」(兵庫県美方郡香美町小代区)のすぐ隣の区。
  • 「湯村」(兵庫県美方郡新温泉「町」のなかにある)‥「小代」(兵庫県美方郡香美「町」のなかにある)からみて、隣の町内にある。
  • 「養父」(兵庫県養父市)‥兵庫県美方郡と隣り合った市(旧養父郡)。旧八鹿町の役場を市役所とする。旧八鹿町から山ひとつへだてて(もしくは円山川をのぼって)、旧養父町がある。旧養父町エリアにゆくと、養父市場地区(牛取引の神様のいた? ところ)、大藪地区(現在の「但馬牛のせり市」のあるところ)などがある。

それでは――私の感覚との比較ばかりになり申し訳ないが――3人の但馬女性の話を引用し、「お隣」感覚の色々をみて終わることにしよう。

【2010年8月18日】
実山にて、たまゑさんという人が、こんな話をしてくれた。
「隣の」という言葉の使われ方に注意をしてみると面白いかもしれない:

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「昔、うちでも牛を3頭、4頭飼っていた。仔牛を育ててました。」
「60日経ったら、発情して、種付けしますがな。」
「種付けをする人は、隣の湯村にいるのだけれど、遠いので、大谷(小代区内)まで出張して来てくれました。」
――仔牛は、どこへ売りにゆくのですか (いのりがたずねる)
「牛は、今だったら、養父でやってるせり市へ売りにゆきます。」
――あ、隣の養父まで行くんですか?
「(え?) 養父、だから、隣といっても、もっと遠くで、‥あれは隣だかな?」
「‥それで前は、温泉町まで売りに行ってました。」
「そして、そのもっと前は、隣の村岡まで売りに出てました。子供の頃のことです。牛を追って歩いてゆきました。朝早うに、と言っても夜中ですが、ちょうちんをとぼして歩いて行って、朝になったらちょうど着きます。」
/////

[★ ちなみに、養父のせり市 ってこんなんらしいです。私は行ったことがなく、初田さんの記事、参考になりました。]

上のたまゑさんのお話をもとに考えるなら、小代で牛を飼っていた人々は、山間部に住まう人のなかでは、「行き来をよくする人」の部類に含まれる人々だ、ということになるかもしれない。(せり市が町の外にしかなかったということにより。)

では、「行き来をあまりしない人」という部類があるのだろうか??

【2010年9月22日】
実山の下(しも)[小学校に近い、川のそばの方] の畑へ出てこられていたある女性の方のお話。

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「娘は、いまは神戸に住んでいますが、昔は実山で私と一緒に住んでいましたよ。」
「娘が、このあいだ、小代出身のひとなら、知っているだろう、ということで、小代で撮ったという写真をみせてもらったらしいのですが、ひとつも分からなかった、と言ってました。」
「小代に住んでる、というても、(私たちは)どこへも出かけないからだと思います。私も、小代になにがあるか、知らないです。‥あなたのほうがきっとよく知っているでしょうに!(←「よう知っとりんさるだろうに」)」
「私は、家の裏の畑と、この川のそばの畑へは毎日のように行きますが、それ以外では、もうひとつ上(かみ)のところにある橋へとつづく道を散歩がてら歩きにゆくくらいで、ほかはどこへも行きません。」
「あとは、そこ、向かい[※山を背にしたとき、実山から矢田川に向かって対岸部分]の忠宮(ただのみや)へ行くくらいです。」
/////

この方にとっては、ほぼ集落内の移動しか行わない、ということであるから、出かけてゆく先、もしくは道中としての「お隣」が存在していないことになる。「お隣」に近いものとして、「お向かい」が出てきたのは、谷という地形特有の発想だろう。

この地では、「お隣」であろうと、「お向かい」であろうと、猿やイノシシが自分用の道をつたってやってくる、という意味では、あまり違いのない隣接エリアである。しかし、小代の谷では、集落の「お隣」といえば、あいだを山の尾根でへだてられ「見えない」存在であるが、「お向かい」といえば、川をへだてた向こうに「見える」存在である。

ちなみに、私の住む新屋地区にとっての「お向かい」は佐坊(さぼう)。矢田川をはさんで、やはり対岸にあり、同じくらいの標高のところにある集落。標高は同じくらいだが、新屋は北向き(北西向き)の谷、佐坊は南向き(南東向き)の谷。太陽との関係が違い、佐坊地区のほうが「暖かい」という。‥うらやましい。

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最後に、スケールの違う「お隣」観に、ド肝を抜かれる話。

【2010年9月12日】
梨を買いにいく、梨は稲刈りを手伝ってくれたひとへのお礼にあげるのにちょうどよいから、という話を、新屋のご近所に住む植垣たけのさん(84歳の元気な女性)から聞いていたときの言葉:

/////
――鳥取砂丘のそばに、梨の直売店のならぶ道(「ふくべ梨狩り街道」というのかな)があるみたいですよ。鳥取砂丘へは行ったことありますか? (と、いのり)
「(鳥取砂丘)砂の美術館は、おばちゃん行ったことがある。老人会の遠足だったかなんだったか。」
「行ったことがあるけれど、しょっちゅう行くところではない。」
――(地図をみながら) 鳥取砂丘は、小代口を出て、車で50分ほど移動したらたどりつくんですね??
「‥隣町かな、やっぱりここは。しょっちゅう行くところではないけれど、いざ着いてみたら、すぐだし、隣町という気がしてくるでナァ~。」
「(鳥取砂丘にゆくまでの道中にみた景色について) 耕地も広くて、ハウス(農業用ビニールハウス)も作れて、うらやましい。ちーっこい(小さい)土地の段々畑しかない新屋とは全然違う。熊やら猿やらを、ぜんぶここ(地図上の鳥取砂丘)へ持って行きたいわ。」
/////

このおばちゃんにとっては、地形も風土も「(小代の)新屋地区」とぜんぜん異なる「鳥取砂丘」であるが、車で一本道でたどり着ける以上は、隣町のようなものだ、という把握がなりたつ様子であった。
「お隣さん」であるとみなす、ということは、自分の町と対等に比較できる対象としてみている、ということであり、そのうえで、「うらやましい」などの感情が伴っているようだ。

鳥取、というと、兵庫県からみると県が違うし、すごく遠いところ、というイメージを抱いていた私にとって、上のたけのさんの言葉は、なかなか意外に思われるものであった。

‥大阪へも、隣町のような感覚で帰ったりできるとよいのにナァ~。
何人かのひとが、小代に住むことについて(豊かな自然に囲まれていることだし)「うらやましい」と思ってくれているのだが、行き来さえしやすくなれば、みんなが小代へ来ることができてそう思うようになるかもしれない。

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コメント

※終盤で、「うらやましい」という表現の多い記事となりましたが、隣の芝生が青くみえる、ということがよくある、というだけであって、「うらやましい」が、「お隣さん」をみるときに必然的に伴う感情だ、というわけではべつにないと思っております。

投稿: いのり | 2010/10/26 14:27

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