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2010年12月

2010/12/30

≫ 雪景色 (1st edition)

【2010年12月29日朝】
朝、ゴミを出しに行った。

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2010/12/29

≫ 定点観測シリーズ ~階段篇

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【2010年12月15日21時】

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【2010年12月16日20時】

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【2010年12月24日18時】

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【2010年12月29日8時】

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2010/12/27

≫ かくして、雪景色へと。。

秋の終わりには、
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こういう景色だったところが、

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こうなって、(【2010年12月22日午後】)

その2日後、こうなった。
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【2010年12月24日9時】

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【2010年12月24日16時】

また、夏の朝の、こういうのであったところの景色が、
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冬の朝、こうなった。
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≫ 水道管が凍る

【2010年12月26日】
水道管の配管が凍って破裂しました。
破裂したところから、水がもれ続けています。
ピンチです。

家の外にある、おおもとの水道栓を閉めにゆきました。

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山肌が、こちらをみて、何かぶつぶつ言っているような気がしました。

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こたえて、こちらも、ちょっとだけぶつぶつ。。と返しておきました♪

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2010/12/26

≫ 町のにぎわいは!

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2010/12/25

≫ やわらかいお餅に囲まれて

【2010年12月25日】

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2010/12/23

≫ お餅をついて食べました~♪ (2/2)

〔‥つづき〕

秋岡保育所の年長さんかな、ゆういちろうくんとけんしんくんが、号令をかけました。皆で「いただきます~」の歌を歌いました。

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あむくん、皆で一緒につくったおぞうには、おいしいかなぁ?!

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「よくかんで食べないと、のどをつめるでぇ!」
私のいる新屋オフィスのお隣に住む、はやてくんと会えました。

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「僕もよく噛むから、写真撮って~」と、けんしんくん。

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おかわりして、なんと5個のお餅を完食したあむくん。

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(食べるのが遅い、と) いのりに向かって、喝をいれてくる、りむくん。

先に食べ終わったのか、新屋オフィスの上(かみ)のところに住んでいる、りくくんがテーブルのところへ遊びに来てくれました。食べ終わった子供たちの何人かは、私がメモをとっている手帳の紙で、紙ひこうきをつくっていました。りくくんだったかな、「クワガタの絵を描いて」というので、私がまず大アゴ(はさむやつ)を描いたら、続きを、あむくんが描き上げました。

Nads57072 私が「写真撮らうぜ!」と言うと、りくくんは、まわし蹴りを一発、会場の外(から襲ってくる仮想敵[?])にむかっておみまいしました。

園児たちの名ふだは、青色が一番年長さん(5歳くらい)、次が黄色(4歳くらい)、赤色(3歳くらい)、となっているそうです。ピンク色は、それより下など、新しく入ってきた子だそうです。保育所へ行く前の子供たちは、お母さんと一緒に参加していました。

子供たちはみな元気いっぱいでした。
かほちゃん・お母さんと一緒に出てきていた、かりなちゃんが駆けている姿もみかけましたよ。
‥そういえば、新屋地区の秋祭りの演芸会のときに、地区の子供たちがみなステージにあがっていたのですが、男の子が多いなぁ、と驚いたことを思い出しました。

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☆ 載せきれなかった写真はコチラ↓

stream 2010Dec22

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≫ お餅をついて食べました~♪ (1/2)

【2010年12月22日】
保育所や老人会の参加する、ふれあいイベントがありますよ、と実山のたまゑさんに教えてもらいました。一緒にお餅つきをさせてもらいました。

実山地区のお子さん、今日は参加されていませんでした。
私の住む新屋地区からは、よしゆきさんとちかこさんのほか、お子さんが多数参加されていました。ふだんなかなかお話のできない方の姿もみえ、貴重な機会でした~!

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お餅つきに挑戦するゆうやくん。

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少し熱があったけれども出てきていたりゅうきくん。力いっぱいつきます。

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つぎおさんが一緒にお餅をついてくれました。

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お餅をついたら、別の班がそれをちぎってまるめてゆきます。
‥どの大きさにすればよいか、たまゑおばちゃん(奥)に確認してね。

さらに、もうひとつ、野菜を型にくり抜いてゆき、お鍋の具材を準備する班があります。
みな、替わるがわる、班を移動してゆきます。

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できあがり~。会場には、若いお母さんたちの姿もみえました。

一緒に餅をついた子供たちのなかには、その後、走って追いかけてくる子や、(私に)名前を尋ねてくる子、何かを訴えて話しかけてくる子などがいました。見知らぬものへの探究心は、やはり子供たちにはかなわないや!

私も、見習って、走って追いかけたり、名前をしきりに尋ねたり、何かを訴えて話しかけたりしなくっちゃ!

〔つづく‥〕

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2010/12/19

≫ 湯村へ行ってみた

【2010年12月18日】
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「湯」という旗が、通りに並んでいる。

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旗のある道をずっとたどってゆくと‥

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なにやら、湯けむりのあがる川べりがある。

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なんとなしに、近づいてゆきたくなる光景がみえてきた。

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98度のお湯が沸いているらしい! お~い、温泉玉子。

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知人のあいだで、「小代へ遊びに行ってみようかな」という話が2~3件あがっていまして(ありがたいことです)、小代の観光情報などをまとめておりました。香住や浜坂のカニとともに、湯村温泉についてのリクエストもありました。

湯村へは、ちゃんと行ったことがなかったんですよ~。

それで、観光協会へ、色々と教えてもらいに行ってみました。

  • 温泉町観光協会(9時~18時)
    0796-92-2000

観光協会でお話をきくの、非常に楽しかったです。11軒ほどの旅館やログハウスについて、その1軒1軒の話をきかせてもらうだけで、旅をしに来ているような心地になれますよ。(非常に安上がりな私。) 

インターネットの情報では得られない何ものかがあった、というわけです。電話してたずねてみるのもおすすめしますよ~。(観光協会へ電話して、資料を送ってもらって、それを見ながらもう一度観光協会に電話をして、それから宿に直接電話でたずねて、宿泊先を決める、という、今では「手間」に思われてしまうプロセスにも、なかなか楽しみがあるはずなのだじゃ。) 

宿の値段ひとつをとっても、それぞれの宿がどんな施設であり、その価格帯でのどんなサービスをしてくれるのか、といった話をききながら、比べることで、色々な発見があります。それから、こちらの要望(したいこと)を明確にすることで、ちょっとした裏わざのようなプランの組み方まで教えていただけるケースもあるようですよ。
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さて、観光協会の隣りに、「杜氏館」という、お酒づくりの紹介をしている展示館がありました。「酒の味比べ」をさせてくれるひともいましたよ(※宿泊客が対象)。

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お酒づくりで実際に使われていた道具などの展示もありました。(上の絵で、右端からのぞいている人が何の人であるのか気にかかっていたのですが、尋ねそびれました。)

杜氏館へ訪れていた若いお客さんが、利き酒をしていました。(私に代わって?)4種類のお酒(純米酒、吟醸、大吟醸、どぶろく)を飲み比べた感想をレポートしてくれました。(お酒の紹介はまたあらためて!)

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お客さん、ありがとう~! 杜氏組合のお父さんもありがとう~!!

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2010/12/17

≫ 窓辺に気配

雪というものを、「少しずつせまってくる存在」として意識したのは初めてのことだった。
氷ノ山などの高い山では、早くから初雪が降り、小代から見える山麓のいくつかも、少しずつ頂のあたりが白いままになってくる。
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「高い山に雪が降っているのが、2~3度見えたら、次は、ここらの山にも降る。」
‥こちらに来て何度か聞いた言葉だ。(写真は 【2010年12月8日夕方】)

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さて、雪が本格的に降るよりも、かなり早い段階で、ここらの人はみな雪囲いを設置していた。(11月17日、11月25日‥) 新屋のオフィスでは、毎年つけているという、窓の外用のカバーも装着した。(除雪車から飛んでくる雪への防御用か?!) スモーキーなカラーで波打った形(トタン型)の樹脂素材でできている。これによって、家のなかにいるときの窓辺の雰囲気が変わった。
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冬の、低い角度での日差しの影響もあるだろう。外の草のキミドリ色の輝きをあでやかに感じられる。(【2010年11月28日朝】,台所の窓)

さて、ある朝、窓辺の感じがいつもと違う、というなんとなくの印象があった。
「来んさったか?!」「そこにおりんさるのと違うだか!」

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前日に、実山の「いきいきサロン」のイベントに参加していて、その夜、雪がはげしく降っていたのを帰り道に見ていたので、「来んさって、そこにおりんさる」のがほかでもなく「雪」であることを私は知ってはいるわけだ。が、もしも、私が「清少納言」とかのようなカテゴリーに属する人間であったなら、直接に屋外の雪をみるのではなく、すだれごしに庭の雪をみる、とかそんなであったろう。なのできっと、(窓辺の変化というものを通じて知りてこその) この雪の存在感のことをつづっただろうに違いないなぁ、などと想像をふくらませつつ、写真に撮ってみた。(【2010年12月17日朝】)

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さて、「インドアからの雪景色」を続けてみようと思う。
‥じつは、最初に雪が降った日に、さっそく新屋では雪が溶けずに残っており、翌日も、溶けかけた雪が凍ったりなどしているところがあったためか、近所の坂道ですべって転びそうになった。なので、雪の降り始めの写真は、屋外では、自分の足元確保をするので精一杯だった、ということもあり、ほとんど写真を撮っていない。まったく余裕がなかったのでした。

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【2010年12月17日朝】の続き。洗面所の窓。

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窓ガラスごしの画像ばかりでは、不完全燃焼な感もあるので、窓をあけてみた(笑)。
向こうの山(矢田川の対岸の佐坊集落)のあたりの雪が、ほとんど溶けている様子であるのは、向こうが東向きで、日当たりがよいためだと思われる。

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2010/12/12

≫ 空気が澄んでいる

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かねこさんの家の中庭にて。大きな木の切り株を運ぶお手伝いをしました。
「これから、とち餅をつくります」と、かねこさん。

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しおらしく首をうなだれた大根たち。

Nads5250_2実山地区の南側には、筆川という川があり、絶壁になっています。
‥という写真なんぞを撮ったりしているあいだに、きちろうさんに置いていかれます。

Nads5255「神戸から来ました」という廃品回収の業者さんに、モーターがありますよ、ときちろうさん。

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家へいったん戻りましょう、となつえさん(きちろうさんの奥さん)。

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2010/12/11

≫ 実山にも日が昇る

【2010年12月2日】

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ある1箇所から撮った3枚の写真。9時53分でした。
(1枚目)家並みの屋根がみえますね(手前)、実山集落です。
まだ影になっているところがあるのに注目です。
まだこれから日が昇る、というわけです。

(おなじく1枚目)左手前の木がこんもりしているところは、お堂です。
(2枚目) お堂のところのすぐ裏には畑があり、そこより上(カミ)に、段々になった田んぼが続きます。(3枚目)

↓ 上の写真を撮るより少し前。写真の奥のほうは、もう日なたになっていますね。あちこちで、次々に太陽が顔をみせてゆく状況のようでした。「日が昇る?? 当たり前じゃないか!」と、日当たりのよいところに住む人なら、思うかもしれませんが。。

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まだのところは、草が朝露とともに凍っています。

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実山地区は、隣の平野地区・茅野地区と一緒の編成で、消防分団をやることになっていますよ、とたけしさんが教えてくれました。たけしさんは、役場につとめてらっしゃる若手の方です。小代では比較的火事が少ないそうです。きれいな車庫ですね。

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2010/12/08

≫ 明るい陽射しの日 (3/3)

〔‥つづき〕

かずこさんとお墓のところで話をしていると、あつこさんがやって来て言いました。
「佐坊(さぼう)に、田んぼと車庫があるのですが、今度お手伝いしてくれませんか。」

わかりました、と私はお墓のところを後にして移動しました。

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村の入り口に近いところ(下=シモのほう)のお宅。お墓からの眺め。
ずっと昔、ここより上(=カミ)にまだ誰も住んでいない、という頃があったらしいですよ。

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今日は勇気をだして、あつこさんの飼っている牛のことをたずねてみました。
この牛は、来年2月にお産をする予定の2歳の牛だそうです。

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天気のよい日は、牛も日なたぼこをします。
うちの一番高齢のおばあさん牛(17歳)ですよ、と紹介してくれました。

なんともおだやかな表情でこちらのほうを見ていました。
「初産のときは、手間がかかったものでしたよ」とあつこさん。

子牛が動くと怒る。乳が張りすぎると痛くて怒る。親としての自分に慣れていなくて、神経質になるのかしら。子牛の側も、蹴られたりするものだから、怖がって寄りつかない。

「でも、私たちがお乳を飲ませる準備をしはじめたら、子牛は飛んで出てくる。」

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たかしさんの家で、このあいだ切った梅の木のその後を尋ねてみることにしました。
まずは、梅の木の切り株。切ったのは、二股に分かれている一方の幹。

Nads5222_2不思議なことに、幹の内側の大部分が朽ちて、真ん中にパイプのようなのが1~2本通っている。「これは、いわば "根" のような役割をしていたのではないかな。」とたかしさん。

「これで生活をしとった、ということだ。」
家の垣を高くする前は、幹であったものだが、垣ができてからは「その高さ(人間の胸の高さくらい)までが地面だ」ということを梅の木の側でも了解したらしく、幹であることをやめ、根になった(?)、というのがたかしさんの解釈。幹であり続けることはコストがかかるのかな(笑)。環境への適応力によって "変身" したのだとすれば、すごい。

Nads5223 梅の木は、なんと、家の表の庭に植えられていた!!
補強のためか、雪対策なのか、ちゃんと覆いが巻きつけられてあります。

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たまたま来訪したお客さんに、移植した梅の木の話をするたかしさん。
「(移植をしたその先でも、また生活をはじめる、など) 梅はそういうことのできる木のはずなのです。」
今度春が近づいたときに、果たして咲いてくれるものであるかどうかが、何よりの関心の的。


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咲いてくれたら素敵だな。八重の梅だそうです。
「どうだ、これ。ええだろ。買うとしたらなんぼで買ってくれる??(笑)」

陽射しがあまりに気持ちいいので、ずいぶんとゆったり過ごしてしまいました。

Nads5230 集会所の横のところでは、やよこさんが布団を干すために屋根にあがっておられた。

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冬に開催される「残酷マラソン」のコースが通っている道。
町営バスのバス停も、この、村のいちばん下(シモ)のところにある。

村のいちばん上(カミ)にある家に住んでいるたまゑさんは、「バスで帰ってきたときは、家にあがるまでが大変です」と語っておられました。

村の入り口のある付近には、立派な石垣のある新しい家があります。

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以前、お仕事での集まりを開いてもらったとき、「じつは実山の住民なんですー」と、
お話してくれた方がありました。この家に住まれているお嫁さん(じゅんこさん)でした。

 

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それにしても、本当によい陽射しの日でした。

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≫ 明るい陽射しの日 (2/3)

【2010年12月1日】Nads5189

「正月に、おかあさんを連れて来いな~」

きちろうさん、今日は眼科に行って来るとのことでした。作業はまた今度に、と。
行く前に、陽のよくあたるところに座って、色々とお話をしました。
仕事のこと、将来のこと。正月のこと、村のこと。

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日向ぼっこにも、うってつけな日です。

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きちろうさんを見送ったあと、まさみさんが出てきてくださりました。

Nads5198まさみさんより「米の品評会で村岡米が健闘してたよ!」と教えてもらいました。

Nads52012人で新聞をひろげ、立ち話をしていました。
日なたぼこをしつつ、2日分の新聞をよみました。

あるとき、まさみさんは、見たい新聞記事があって、浜坂の図書館へ行ったそうです。けれども、図書館が新しすぎるためか、記事を置いていなかったそうでした。その後、鳥取の図書館へ行ってみたそうです。すると、その記事は誰かが切り取ってしまっていたそうです。‥よほど人気の高い記事だったのですね!


Nads52071少しスモーキーにくすんだ色の樹脂素材が、雪囲いの材料では人気なようです。
家の外では、ためおさん(まさみさんのお父さん)がどこかへゆくところでした。
あずきもひろげて置かれ、日なたぼっこしています。

Nads52111つよしさんも外に出てきていました。
奥さん(あつこさん)の乗るスクーターが、輝いていました。

煙がたちのぼっていたので、何をしているのでしょう、とたずねたら、
「かずこさんが墓のそうじをしているよ」と教えてくれました。

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お墓のところへ行きました。煙にさそわれたのか(?)ためおさんもここへ来ていました。

かずこさん(実山区長の奥さん)が4世代分のお墓をみせてくれました。枯葉をかき集め、燃やしていました。私も枯葉を拾いました。

村の人どうしで話をするときのかずこさんは、少し早口で、独特の抑揚でカラカラと話をされます。あるとき、私の住んでいる新屋地区にも、似たような抑揚でカラカラと勢いのあるしゃべり方をしている人がいることに気づきました。(氷ノ山山系トレイルのときに、イノシシ肉などを焼いてランナーに差し出していた方のひとりです。) ‥たずねてみると、どちらも、(小代区に隣接した)柤岡(けびおか)という集落出身の方でした。そのことをかずこさんへ伝えてみたところ、「そんなことがあるのだなぁ」と少し驚いてらっしゃいました。

柤岡には大きな池があります(柤大池)。かずこさんが、池のことを歌った歌があるよ、と教えてくれました。「‥ぐるりは さくらで‥」
‥そうか、桜の咲く季節が楽しみだなと思いました。

きくおさん(区長)、今日はどうしてらっしゃいますか、とたずねてみました。
今日は病院にいるそうでした。お医者さんに、「一度、検査をしてみろ」「胃カメラを飲め」と猛烈にすすめられ、(「よう断らんで」) 飲むことになったそうです。

〔つづく‥〕

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≫ 明るい陽射しの日 (1/3)

【2010年12月1日】

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朝の8時半頃。

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刈り取ったあとの稲がまた伸びてきて、キミドリ色に輝いています。

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左のほうのまるみのある屋根の建物が、おじろドーム。

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ずっと雨降りだったこともあり、今日の陽射しを貴重なものと感じます。

‥実山のきちろうさんのところへお邪魔する予定の日でした。
本格的に雪が降り始める前なので、皆さん「いまの間に‥」
と色々(冬支度などで)動いてらっしゃいます。

小代(おじろ)では、矢田川の両岸にある山がそれなりに高くそびえていまして、南東側も山に囲われています(高丸山など。山の向こうは、村岡・瀞川平[とろかわだいら]・兎和野・ハチ北高原など)。冬に日の出が遅いと感じるのはそのせいでしょうか。

〔つづく‥〕

 

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2010/12/05

≫ 梅の木の伐採

【2010年11月27日】

実山のたかしさんのところの家の裏でお手伝いをしました。
梅の木を切るんだそうです。

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石垣のようになっているところの途中で横向きに生えている梅の木。
垣ができるより前から生えていたと思われる梅の木なのだとか。
3点で支えて組んだ木の頂点から梅の木を吊るし、切ったときに倒れないようにしています。

枝が色々な方向にひろがっていて、どれかひとつをあきらめないと、
この場所から外へ取り出すことができない様子でした。

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いのりは途中から屋根の上にのぼって支え、外へ押し出すようにしました。

奥さんのみちよさんのお兄さんもお手伝いに来てくださっていました。

Nads51221幹の部分はかなり重たかったです!

この木はどこへ運ばれてゆくのでしょう??
たかしさんには何か計画がある様子でした。今後を楽しみにします!

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2010/12/03

≫ 白菜と大根、ごぼうの収穫

【2010-11-27】

実山のしょうこさんのところの畑でお手伝いをしました。
しょうこさんは、小代俳句教室などでもお世話になっている方です。

畑は、下り坂の農道をかなり降りていったところにありました。
畑から、野菜を持ってあがり、車に積んで運ぶのが僕の仕事です。

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畑があって、電気柵があって、その向こうは急斜面の崖。‥小代らしいかな。

白菜の根元に鎌をあて、刈りとります。
大根はそのままひっこ抜きます。

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なかなか立派な大根がせいぞろいしていました。

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白菜もデカい! 背が高い!

一輪の猫グルマにある程度積んでから、坂を押してあがるのですが、それなりに数の多い収穫なので何度も往復します。運動不足の解消にもなって、すがすがしいですよ。

白菜は、両脇に抱えて(坂道を)かけあがるほうが、楽なときがありました。
両脇に抱えたとたん、気分はラグビー。「タックルをかけられたら、後ろの人にパスするんだな、」‥など、ぶつぶつ言い聞かせつつ、上がったり下がったりしておりました。(タックルをかけられてしまってからでは遅いんだかのぅ?)

おうちのお昼ご飯をいただきました。しょうこさんと、しょうこさんの娘ともみさんと、その娘みゆかさんと。

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その後、ごんぼ掘りです。ごんぼもまた、なんとも太く育っていました。

Nads5111ごぼうを掘るのは、山芋を掘るのと同様、傷めないように掘り出す作業がかなり大変だ、と言われているようです。ところが、今回収穫をした畑の土が、ごつごつとした大きな石や岩のまじった土だったものですから、難易度はいよいよ高い。

石や岩をスコップでほじくりだすには、けっこう力がいります。その力で、ごぼうを傷めてしまい折ってしまうことが数知れず。

Nads5110_2 「この1本だけでも、折らないで掘れたらいいね」と言いながら、最後、すり鉢状に穴を深く掘って、めでたく救出(?)しました。

岩や石のまじった堅い土のすき間に、よくこれだけの太いごぼうが深くまで育つものだな、と驚いておりました。

急斜面の大地にも恵みあり、と実感させていただきました。
ありがとうございます!!

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ふさふさの大根菜。ゴマ油で炒めるとおいしいかなぁ。

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2010/12/01

050.PTCA活動の一環で、吉滝キャンプ場へ。

【2010年11月3日】
親と教職員と子供たちと地区の人々とが交じり交じりになって、活動をしてみよう、という取組みがありました。

今日は、まず、ジオパークとして山陰海岸とその近隣区域をみたときに、どんな楽しい発見があるか、を観光振興にかかわる人がおもしろく話してくれました。

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お昼に、「山くじらの汁」をいただて一服をしてから、
吉滝キャンプ場からみえるものについて、紹介をしてくださいました。

実山からは、きくおさん、ひでおさんが参加されていました。
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おやおや!
今日は風邪をひきかけてしまっていて、寒い、と言っておられたきくおさん。
あんな遠くに。どうされたのかな。

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以前より、「眺めがよいから行ってみろ」と言われていたのですが、
こんなんだとは想像ができませんでした!

ここからだと、放牧されている但馬うしも、黒い粒々のようにみえます。

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実山集落もみえました! (クリックすると拡大できると思います)
左にあるほうの、右上にむかってのびる細長いやつです。

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いまではすっかり忘れてしまっているのでしょうが、私の小さな時分にも、
こうやって話を聞きにいくような場があったのかもしれないな、と思いました。

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「ふるさと」を知ってもらうための取組みと、「ふるさと」を守るための取組みと、「ふるさと」を好きになってもらうための取組みと、どれもを、バランスよくできるといいですね!
というお話もありました。

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雲が、ものすごい速さでうごいていました。

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049.心のほどけるポイントはどこにあるのだろう?

【2010年9月10日】

皆さんは、片付けたりするの、得意ですか?

私は、なるべくなら整った状態にしたい、と思うことが多いのですが、すぐに散らかってきてしまいます。散らかったままだと、もろもろが乱れてくるそうです。

時々は、手入れの行き届いたお庭などをみせてもらったりするのはどうでしょうか。

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目の保養になりますか。
あるいは、きれいすぎると、几帳面だという感じがしてきますか。

心のお洗濯、といえばこれですね。
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ふだん、車に乗って移動しているなかでは、ゆっくり目をむけることのできないものを見てみようと思いました。

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この花。。勝手に生えてきたような花でありながら、よくみると、ガードレール沿いにずっと咲いていますね。誰かが植えて育てたのかな? ‥しかし、どうやって水をやるのだろう?  無造作な表情をしてもいますね。‥

**
里山について書かれた本をみていたときに、「里山というもののうえには、一番みていて心のやすまる光景があるものだよ」といったことが書かれていました。野生の大自然でもない。庭のように造られた世界でもない。人間が自然とかかわるなかで、自然のものと人工のものの絶妙な配合を追求した果てに展開する光景が、里山なのだそうです。

私は、このブログのなかで、かなりの割合で、活動報告のなかに、景色の写真をおりまぜています。ここには、ある面での「修行」があると思っています。

初めて小代にきたときに、ぱっと見て、どこが耕作放棄地で、どこがいまも手入れのされている田畑であるかが、見分けがつかなかった。しかし、谷の奥の奥の奥で、あじさいの植え込みのあるのをみたときに、やっぱり人の手が入っていると感じた。

人の手でつくられ、完璧につくりこまれたものは美しいが、ずっと見ていると疲れてしまうことがある。野放図にのびっぱなしのものを目にすると、怠惰心をいましめられるように感じる。

どこで自然の流れに寄り添って、どこで、自然とは反対の向きに切ってやればいいのだろう?

村の人は、長年この地で暮らすなかで、天候に左右され、寒さやサルたちに翻弄され、しかし収穫したいものを収穫し、育てたい牛を育てて暮してこられたようです。そんななかで、自然とのつきあいかたを、いやでも習得されているわけです。すぅっーっと流れるように仕事を始め、絶妙な配分になるポイントで、仕事をやめるわけです。


この暮らし方、当たり前のことのようで、実は、当たり前ではない、

人の社会活動一般は、目的があったり計画をたてたりして、ゴールを思い描くじゃないですか。

そして、ゴールに向かって動いてみて、結果どうだったかを、当初思い描いていた見通しと比較をし、評価をしたりするじゃないですか。2000円もうかるはずだったが、100円の赤字になっちったなぁー、とか。それで、次回はもっとこうしよう、とか考えたりするじゃないですか。


この態度と、里山での暮らしとでは、同じ部分もたくさんあるかもしれないが、どこかが決定的に違う。そんな風に思うときがありました。

「雨が降ってきて作業に出られなかったけど、結局、今日はそれでよかったんだわ」「怪我をして病院へ運ばれてしまい、書類の提出ができなかったようだけど、行きつけの病院ができてよかったじゃない」‥こんな言い方をするときがありますね。


ちょっと不思議な感じがしませんか。
「前向きに受けとめてるところがいい~」とかの話とは少し違う関心です。
前向き(ポジティブ)思考であるかどうかは、あまり関係がありません。
結果的にたどりついたところから、逆に見つめ返されているような目線がそこにはあります。
そして、この目線は、実は、はじめから、最初に目標をたてたりゴールを決めて動き出したときの「動機」とはまったく関係のないくらいの遠いところから注がれています。

一般的な仕事のすすめかたを考えると、「それでも作業には出ないといけない、今日がだめなら次はこれこれの日に。。」ですとか「それでも、書類が提出できなかったことで生じた損失をカヴァーしなければいけない」といった関心に沿って、あらたに動きを計画し、当初の動機を貫き通さなければいけません。「雨天」や「怪我」は、偶発時であり、障害要素であり、これにあったからには、別の手段をつかって、当初の目標を達成する必要があるわけです。

これと比べたときに、上の言い方をするときに漂う、不思議な雰囲気は、≪「雨天」や「怪我」に遇うということを通じて、それがゴールであったかのように、出発点を逆算しているような思考が開始されている≫ところから来るものである、とわかります。

「雨天」や「怪我」が天意であるなら、それに沿う、という言い方をする人もいるかもしれません。その「結果」の地点から逆にみつめ返される視線のなかでは、当初抱いていた目標や計画や動機が、どちらでもよかったものであるようにみえるくらいに遠くに置かれてしまう、その遠い地点(天)に往ってしまえるところが、不思議なわけです。

これは、自然を相手にした(農業や林業の)取り組みをするときに感じられる、人間の有限さ、ちっぽけさ、ということでしょうか。‥いんや、言葉でいってもしようがありません。

里山に暮らす人々の営みをつうじ、毎日のように産み出されているらしい、その絶妙な配合のものに関心を抱きはじめた、ということでしょうか。≪作業を始めるときの動機。たどりついた先でいつのまにかどこかへ脱ぎ捨ててしまわれたはじめの動機。つねにちょうどのポイントにいるのだ、というイメージを抱かせてもらえる、不思議な逆算の目線。そんな足取りの積み重ね。≫ この関心についても、どこかで脱ぎ捨てたら、私は、ちょうどのポイントへたどりつけるのでしょうか?!?
**

長々書いてしまいました。

さっきのオレンジの花。

あとあと各氏にお話をうかがってみると、あの花には、育ての親がいて、とても長い長いホースを使って、水やりをしに来られているのだよ、とのことでした。そして、そのホースも(盗まれたのかどうかわからないが)今ではどっかへ行ってしまったらしいのでした。

黄金のバランスを漂わせた花づくりのうらには、ホースあり、ですか!

私も、うまく片付いた、と思える地点にたつクセをつけるためにも、学ばなくちゃ☆


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048.手刈り、束ねて天日干し、その後機械で乾燥

【2010年9月9日】
ある農家の稲刈りのお手伝いをさせてもらいました。

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(たわわにチワワ[という歌があるんです]、じゃなくて) よく実っています。

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写真にはどうか写さないで、とおっしゃっていました。
遠くからだったら、といって、撮らせてもらいました。

(他の方々もそうですが) 天気のいいときは、いつも外に出て作業をされているのではないでしょうか。
よくお見かけします。

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何枚つくっておられたのでしたっけ。あっちにも、こっちにも。たくさんです。

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047.WEA-YAMA, J.Y.J. and 黒い畑

【2010年9月5日】

実山のお堂の近くで、花が競うように咲いていました。
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J.Y.J. ときいて、城山城のことを連想するひとはいるでしょうか?
今日は城山城をみにゆく日です。

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山の尾根線の形を生かして、相手が攻めてきにくい切れ目をつくったり、自分たちが隠れながら攻撃をしやすい隙間を塀のなかにつくったりして、まるきり戦国仕様だったようでした。

歴史紹介のパネルがありました。
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もともとの城主は朝倉・八木であった、というふうに書かれてました。

その近くに、「山城の築城法」として、8つの秘訣をかいた看板がありました。
その看板に書かれたとおりにつくって、夏休みの自由研究として提出した子とかがいそうですね(笑)

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WEA-YAMA こと、「うへ山の棚田」。

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地元、貫田地区では、「うぇーやま」ともいうそうで、もともとは、「えぇやま」ということだったらしいです。

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棚田好きのカメラマン、ゆみおさん、という方が、大阪の高槻市から来られていました。

小代のなかで撮った写真がある、ということで、何枚かみせてもらいました。
秋岡地区で農作業する人をとらえた、かっこういい写真を撮っておられました。
ほしいなぁ~。

ゆみおさんによれば、この棚田は、夏も秋もいいが、水をはった状態のときの田んぼが非常にきれいですよ、とのことであった。

「棚田のすぐそばを林が取り囲み、その向こうに標高差のある遠景のみえるところが特徴でもあり、いい絵になる棚田だ。」

「けれど、僕は、西ヶ丘(和佐父)の棚田が好きだなぁ~!」
とおっしゃっていました。和佐父ののぶよしさんに聞いてもらいたいなと思う言葉でした。

【2010年9月5日】
もろもろの食材が尽き、今日はまとめ買いの買い物をしなければならない日です。買い物も、ひとつ行くだけで時間がかかるので、時間との闘いでもあります。

日高にあるという業務用スーパーへ行ってみることにしました。

Pads352218:40 - 途中、栗須野というところのあたりで、みつけました! 黒い畑
前に、りょうさんに但東町へ連れていってもらう道中に、黒かったので、気になっていたのでした。

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18:39 - どうなんでしょう。
ここで育ったネギを食べると、ちょっと黒い味がしたりするものでしょうか??



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046.稲刈りの季節になった or まだだ

【2010年9月7日】
稲刈りをいつやるか、ということを決めるのには、ある種の「賭け」のような面があることを感じた日でした。

まだ早いと思っていても、雨が降ったら、
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倒されてしまい、機械が入りにくくなります。

また、夜のあいだに
Pads3554 イノシシが来て、稲穂の上でダイビングをしたり、周囲を掘り荒らしたりして、ヤな結果になります。

今日の晩か明日あたりから、天気が崩れるらしいといいます。
迷ったときにはどうすればいいのでしょうか?

「やるしかない」
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「むらぜんたいが坂道じゃ~」

**
けっきょく、ためおさんは今日稲刈りを決行することにしました。

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自分の家の稲刈り機の調子がわるく、きちろさんのところのを借りられないか頼んでみたが、きちろさんのところのも具合がよくないようでした。しかし、川向こうの集落のひとから機械を借りられることになりました。

太陽はだいぶ西のほうへゆきました! 時間とのたたかいです!

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無事に終わりました。たくさんの袋をトラックに積みました。

**
‥これで、このブログの最初の記事を書いたときの日付のところまできました~♪

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045.商工会議所女性部にてワークショップ

【2010年9月8日】

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なんという花でしょう?

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但馬じゅうの、商売っ気のある女性の方々が集まられていました。
地域色豊かな但馬をどうやって盛り上げてゆかうか、と話し合っておられました。

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わが社のあさみさんのお手伝いでゆきました。

「○○と言ったら、≪すてきー!≫と言ってください」‥会場とのコールアンドレスポンスを楽しみつつ、みんなでハッピーな空気をつくってゆくあさみさん。

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「イノシシやシカなどの、獣の害に悩まされている」「クマがこわい」といった現状を思い切って打破する方法として、「場所によっては、サファリパークにして、観光してもらえるようにする」という案を出しておられる方もいました。

すてきー!^^

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044.猛暑と酷暑と残暑は、一瞬にして去る。

【2010年9月4日、9月5日】
あついのでした。

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高原のほうへあがると少し涼しげなのでした。

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河川敷の田んぼも、暑そうにしていました。

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バテるとヤバい、と思い、おじろんのそば屋さんへゆきそばを食べました。

【2010年9月24日】
小代俳句教室の句に、

  • カフェテラス一人ですかと鬼やんま

というものがありました。
実山のひとの句でした。
だいぶ涼しくなってきました。

新屋オフィスの玄関前(日照時間が短い)では、肌寒ささえ感じることも。

【2010年11月11日】
しょうこさんが

  • 薪喫茶 マスターは尼僧の聞き役に

という句をよんでおられました。

マチ子さんが

  • 矢印に添って病棟 冬に入る

とよんでおられました。

だいぶ寒くなりました。

【2010年11月12日】

一郎さんのところの、山椒の苗木を運ぶお手伝いをしました。

しょうこさんが、村岡の、店内に薪ストーブのある喫茶店へ連れていってくれました。

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鬼やんまが飛んできたのはそこの外の席に座っていたときだ、一人でカフェへ来てそわそわしていたときのことだった、と話してくれました。

【2010年10月18日】

  • 立ち寄りし蜻蛉のことづけ聞きもらす

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一瞬の出来事と、ふわっとした余韻。
いいですね!

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043.グラウンド・ゴルフ大会のお手伝いしてきました。

【2010年9月4日】
香美町合併5周年記念のイベントとして、香美町長杯のグラウンド・ゴルフ大会が、小代健康公園で開催されていました。

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役場の人がテントの撤去などをされているところを、お手伝いさせてもらいました。
実山地区からは、みちよさん、という人が参加されていたらしいのですが、80人以上おられたなか、どの方かわかりませんでした。

そこで、みちよさんのお宅を訪問してみることにしました。

「以前に比べ、体があまり思うように動かなくなってきた。」とおっしゃっていました。
玄関先に、俳句が飾られてありました。ゴルフ以外の楽しみは、俳句をつくることだそうで、前につくった俳句をいくつか見せてくださりました。

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奥の山にある田んぼでの米づくりを、もうやめやうか、というときの句だそうです。

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お月さん!

牛が飲む用に水をくんである桶の水が、ゆらゆらと輝き揺れている光景が目に浮ぶようですね。

見せていただいた作品集では、但馬一円の多数の人の作品を掲載したものがありました。
(『たじま作品集』)

仔牛を育て、仔牛を売りにゆくまでの顛末を詠んだ歌で、いいなと思う内容のものなどもありました。

**
「我が村に獣害レンジャーの赤帽子今日はにぎわう限界集落」
お! (われわれのように) 実山地区での獣害対策の作業へ若い人たちが来たときのことを詠んだ歌も掲載されていました。


農作業のあいまの出来事や、休耕地のことを歌った歌などもあり、但馬の「今」を知る題材としても興味深いと思い、自分でも入手してみようということになり、発行元である但馬の文教府(豊岡にある)へ問い合わせてみることにしました。







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042.「いかだげんきかい」

【2010年8月31日】
養父市大屋町の筏(いかだ)地区で開催の「いかだげんきかい」へ参加してきました。

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041.クラフト体験講座

【2010年8月29日】

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040.小代林業研究グループの発表を聞きに行ってきました。

【2010年8月26日】

おじろの林業研究会が、今年は、兵庫県を代表して、林業研究会の連絡協議会の近畿ブロックでの発表をおこなうそうでした。

林業研究会には、私の住む新屋の方々も参加されている様子でした。今年度は、実山地区のたかしさんが中心となって取組んでおられた、アオダモ植林の取組みについての総括をおこなうことになっていたようでした。「アオダモを植えて、バットになる木を育て、(木が育つまでに数十年) 未来の子供たちの手にバットを授けよう!」という取組みです。

林業研究グループとして取組みは、植樹そのものの技術的な課題を解決すること(「果たして、苗がとれるのか??」)や、出来上がった木からバットをつくる際に、どんな配慮が必要かを把握すること(「木のどの部位を使うとよいのか?」「本当に使い物になるバットができるか?」)などでした。

場所は大津の湖畔のホテルの会議場。
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  •  【小代林業研究グループ】 1984年10月に設立。現在の会員8人。年齢構成は 60歳~80歳(平均71歳)。会員の森林所有面積、平均20ha (人工林率 70%)。会費、年に3000円、香美町からの助成金 25,000円。今回、兵庫県内の審査対象であった 22グループのなかからの抜擢で、近畿ブロックでの発表をすることに。

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【ふれることのできる展示】 奈良県の代表グループが発表したスギ透かし彫りと、兵庫県の「バットの木アオダモ」は、手にとってみることのできる展示があり、人がよく集まっていました。たかしさんは、スギの透かし彫りの出来栄えに感心した様子で、話をきいたり、写真を撮ったりされていた。

さて、【2010年10月30日】
香住区の公民館で、「スポーツから学んだこと」という演題でのトークショーがありました。
上治丈太郎さん、という、ミズノ株式会社の専務取締役と、北京五輪の銅メダリスト、末續慎吾さん(陸上男子200mの記録保持者)が、お話をされていました。


「ウサインボルト選手が、100mを42歩で走る、ということがどういうことであるかを解明する話」などがありました。

ミズノ株式会社とは、林業研究グループのバットづくりの取組みのときに、色々とお世話になったご縁があり、この日のトークショーでも、小代の林研のひとたちが、(上の写真にあるような)パネルとバット試作品の展示をおこなっておられました。

バットづくりは、スポーツ振興の活動でもあるわけです。

このトークショーの日には、末續さんが、地元香住の中学校と高校で、特別レッスンをおこなっておられたようでした。すると、隣町の浜坂からも、高校生が駆けつけていたようでした。熱心なことですね、と上治さんは感心しておられました。

講演の終盤に、質疑応答の時間があり、たくさんの質問が寄せられていました。そのなかで、精一杯の勇気を出して質問をしてみた、という雰囲気の高校生男子がいて、息切れをしながらの質問をし始めました。(その息切れの様子がかわいらしく面白く、会場はすでにウケていました。)

質問のあと、末續選手が「呼吸が浅いですね。」との切り出して、回答を始め、これに「そうか、なるほど」と、陸上選手としての最初の心得のようなものを教えてもらったような心地になり、会場が沸いていました。

会場受付には、役場のイベントや図書館でお見かけする、(新屋の)よしてるさんの姿もみられました。

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さて、大津での林業研究グループの発表の話題にもどります。

実山地区での私の集落支援の活動のなかで、直接に、林業にかかわる取組みが、課題として出てきたり、なんらかの体験をしたり、ということがまだなかった状況でしたが、上司のあさみさんが、「たかしさんのお手伝いになるのであれば」「地区の人に喜んでもらえるのであれば」と、業務として、林研グループの人と同行することを認めてくださりました。

発表されていた内容は多彩なものでした。
それぞれに、地元で「林業の課題が広く認知されること」や、「多くの人が木の手入れをしたりする機会をもてること」のために取組んでおられるようでした。「高齢者の生きているあいだに、山林の境界についてちゃんと確認をしておかないかんはずやで!」と訴え、その実践について紹介する発表は、かなりユニークなものに思われました。「炭焼き職人が激減して後継者がいなくて困っている」と訴える大阪のグループによる発表では、「シカに新芽を食べられてしまう被害について、色々な試行錯誤の対策をしてみたところ、こういう方法で効果があがりました!」ということを紹介しておられ、なかなか素敵な研究だな、という印象を抱きました。

この発表会を聞きに行ったことで、11月に森林組合の人と一緒に藪払いをする作業に参加したときに、山林に入ることの面白さが色々あるということについての手がかりを得やすくなっていたように感じました。

≪追記≫
林業関係の取り組みとしては、その後、【2010年12月2日】には、きちろうさんの山林の枝落としのお手伝いをしました。【2010年12月5日】には、小代の大谷地区で、カキの木を50本くらい切る活動に参加をしました。そのとき森林組合から来てくださっていた一人、今井達幸さんとは、1月になってから、ちょくちょくお会いするようになりました。

以下、長いですが、私なりの把握で、8月26日の近畿の林業研究グループの発表内容を紹介するものです。興味のある方はどうぞ。

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【近畿ブロック各県の発表者】 イベントの主催者は、「滋賀県林業研究グループ連絡協議会」「滋賀県」「全国林業研究グループ連絡協議会」。「衰退状況にある林業の再生のためいかに取り組んでいるか」といったテーマで、各種団体が発表を行った。

≪京都府≫ 発表団体は、「京都府林業研究グループ連絡協議会 丹後支部」。主たるメッセージは、「間伐をすることで森の元気を保てます、手入れをしたらきれいな林ができることを実感しましょう」。これまでの活動は、良く手入れのされた他地域の森林をとにかく多数視察にゆき、そこから学んでみよう、というものであったが、他地域での課題や事例を、そのまま丹後の森に活かせないことに気づく。そこで、地元のなかで見るべきものをみつけよう、と「展示林」の選定を始めることに。森林管理の方針のしっかりした林や、今後の森林整備の参考となる良い森林を選び、気軽に見に行くことのできる近所のモデル森林として告知。それぞれに、間伐したての森であり見ごろは数年後であるとか、数年後に間伐を予定している森林であるとか、明示されており、間伐の効果について目で見て実感ができる。

≪奈良県≫ 発表団体は「奈良県林業女性グループ連絡協議会」。主たるメッセージは、「スギの透かし彫りという、出張先での体験講習の可能な題材を通じ、各地の人々に吉野スギの魅力にふれてもらっています」。透かし彫りは、年輪の部分(晩材、濃い部分)が、他の部分(早材、年輪と年輪のあいだの部分)よりも堅いことを活かし、図案にしたがいマスキングした領域(面)を削ったときに、堅い部分だけが縞々になって残る仕上がりになる工芸品。削り掘りに使う機械は大掛かりなものでなく、女性でも運搬可能。思い思いの図案で取り組むことができる。何より、吉野林業の特徴である、細かくそろった年輪の美しさが顕著にわかることが利点。

≪三重県≫ 「白山町林業研究会」による発表。主たるメッセージは、「自分の森がどこからどこまでであるのかがわからないことで、意欲の低下している森林保有者は少なくありません。境界の確認を自主組織により進めることで、森林整備(間伐)への動機づけを行い、林業所得の増大を目指しました」。境界確認のよりどころとなる資料が、昭和28年の分割図しかなく、当時の分割に立ち会ったひとの生きている今やらなくては、後々もっと大変な作業になる、と判断し、実行したとのことでした。

≪和歌山県≫ 「九度山町東部林研グループ」による発表。主たるメッセージは、「自然の中には、現代っ子の興味を引くものがたくさんあると考えております。林業教育(教室での授業と、森林での体験会)、森づくりボランティア(大阪など都市部から来るひと)の受け入れ、これらを通じ、私たちは来訪者に地域の一員として行事などにも参加してもらい、元気を取り戻しております」。子供たちの体験学習では、「1kgの重さとなるように丸太を切る」課題が、好評ですとのこと。また、木だけでなく、森の生態系全体に興味をもってもらえるように教えている、とのこと。大阪からのボランティア(NPO法人)の受け入れは、12年前より始まり、石道や生活道の整備活動や、敬老会・収穫祭での各種イベント企画などを通じ、地域振興に大きな一役を買っているとのこと。写真を交え、年々盛り上がってきております、との発表であった。

≪兵庫県≫ 「小代林業研究グループ」による発表。主たるメッセージは、「林業においては、50年~70年経たないと成果の判別のできない取り組みもざらにあります。私たちは、未来のための植樹事業に取り組む一方で、地域内の木がいつなんの目的で植えられたのかを思い描く想像力を育み、過去から現在へと続く森の連環についても明示できるよう努めました」。地元の少年野球チームが予想外の大活躍した年に、野球バットの原材となるアオダモの植樹を思いついた、とのことであった。予備知識もなく進めたが、種をとり芽をださせ、植樹を進めることに成功。野球バットの森と、バットの木(アオダモ)の並木道が将来できあがる見通しである、とのこと。過去の植樹年代を知る方法としては、年輪の数がそのまま植樹された年代を示すものではないことなど、判定法を学んだ様子であった。自分たちの子供時代に、戦時中の木炭づくりの経験があったことなども後代に伝えてゆきたい、とのこと。

≪大阪府≫「菊炭クラブ」による発表。主たるメッセージは、「クヌギ林から生まれる菊炭(池田炭)は、里山文化の生み出した最高傑作。私たちは、山林の荒廃とシカによる食害を乗り越え、炭焼き職人の技術を伝えるだけでなく、クヌギ林施行のさらなる改良などを通じ、組織でしかできない取り組みを維持・成長させてゆきます」。大阪府北部の山間のクヌギからつくられる炭が、池田市に集められ「茶の湯の炭」として売られ、池田炭、もしくは菊炭(切り口が菊の花のよう)と呼ばれてきた、と紹介。シカの被害への対策として、伐採を行うなかで、伐採方法を比較し、萌芽枝の成長効率のよい伐採方法を探究。木の肌質や炭の菊割れ数を維持するための、交配ルールや樹齢などの把握が今後の課題。

≪滋賀県≫ 「東浅井林友会」による発表。主たるメッセージは、「今まで育ててきた木が建築用材として利用できるまでに成長しました。森林所有者には若い人も増えています。私たちは長年にわたる経験により、各々の森林所有者や森林組合よりも、地元の山をよく知っているという自負のもと、森林組合が進めている施行集約化などのお手伝いをしつつ、山にとり必要な関心を高く維持しつづけております」 伊吹山系に囲まれた谷口林業地(長浜市)。林業機械のメンテナンス講習なども行う。

【選考】 今回の林業グループの発表は、審査員4名が6つの項目について採点を行い審査をし、近畿ブロックからの代表者(全国大会での発表をおこなう)を選出する対象でもあった。結果、三重県の「境界確認と森林整備の推進」が1位に選ばれ、井上孝さんたちの「地域の年輪を次代につなぐ~野球バットの森・少年に夢を~」は次点(2位)となった。

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‥という感じでした。

★ 「地域内の木がいつなんの目的で植えられたのか」と問うときに、普通は、誰かに聞いたり調べたりするわけですね。しかし、たかしさんの発表では、「想像力が育まれていれば、木がなんの目的で植えられたのかを思い描けることがあります」ということがそれとなく言われていた気がします。データや事実がいくつ集められても、たどりつけないときがある。

想像力!

(歴史に熱心に取組んでおられる) たかしさんらしい切り口だな、と思いました。

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039.雲にかこまれる暮らし。黒い土のある暮らし。

【2010年8月23日】
一二峠より神場・猪谷へ。
のぶよしさんに教えてもらった峠ごえのルートを、村岡病院の帰りに走ってみました。

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またしても、水墨画のような山並みが遠く連なります。

‥というか、「遠く」しかみられません。近くは、崖がこわくて足がすくむのでした。

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なんでも、霊験のいわれのある、聖域なのだそうです。

ちょっと見にくいかもしれませんが、次の画像は大きく掲載します。
Nads_32051 写真の左端に家の屋根がみえますね。それから真ん中あたりにも家があります。
真ん中あたりの家の少し向こうの遠くにも家があります。

この日は景色としてしか見ていませんでしたので、わかりませんが、
これらの家のあいだには、山林があったり、崖(谷)があったりで、家のあいだの行き来するのが容易でないような感じがしませんか?

春来峠の春来集落ほどではないかもしれませんが、ここ神場(かんば)も、かなり高台にある集落です。

のちにくにとしさんに教えてもらった話によれば、このあたりの地区も、世帯数が減っており、むらとして色々と困っている(あるいは課題を抱えておられる)集落なのだそうです。

のちにたかしさんに教えてもらった話によれば、実山地区にゆかりのあるひとのお墓が、この地区にあるそうです。

のちにだいすけさん(だったかな)に教えてもらった話によれば、このあたりに住んでおられる方には、「上治」さんと「林本」さんという姓の方が多いそうです。

どちらの姓も、小高い岡の上に住まう家なので、(かつて)そう名乗るならわしとなったのではないだろうか、と言われているそうです。

‥そして、猪谷エリアの近くまで降りてきました。
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屋根の上に屋根がある?? 屋根の下から屋根を引き出して張り出した??
ユニークなスタイルですね。

そして、普通の景色のようで、何かが違う、と思って車をとめました。
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土が黒い!

このような黒い土は、後に、日高の神鍋高原の近くの、栗須野というエリアを通ったときの畑でもみられました。畑で作業をしていた人にたずねてみたところ、土が黒いのは、火山活動に起因することなのだそうです。(地元のひとは「くろぶく」と呼んでいるのだったかな。)
1万年以上も前の火山の活動のせいだ、とお話をされていたのだったかな。
‥さすがジオパークに認定された海岸を擁するエリアです。(神鍋高原のあたりは、滝も多いらしく、まさに、地球の活動の活発さに起因する地形が満載になっている様子です。)
そこに住んでいる人が、普通に、土地の成り立ちなどを知っておられるのがすごいですね。

Nads_32091黒い土と白い雲。

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畑のなかに、運送会社の荷台部分(の箱)がおいてありました。
倉庫代わりなのかな。
さすがに、この箱は、一万年前の地球の活動と関係がないでしょう。

たずねてみようと思ったのですが、誰もいませんでした。



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038.サル、ヒマワリ、墨絵‥

【2010年8月20日】
役場へ立ち寄った帰り道。茅野(かやの)から新屋へとあがる坂道。

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17:42 - サルたちが、のたのたと移動中だったので、車をとめました。

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17:49 - 「そうか、今オフィスでは役場や地区の放送がまだ入らないし、
サルがどこにいると(放送で)言ってるのかも聞いていないから、うっかり
していたなぁ」とぶつぶつ言いながら運転していると、またしてもヒマワリたち
の姿に不意をうたれ、車をとめました。

この道は、(両脇に植えられた)アジサイの道だと思っていたので、
ヒマワリがでてきたのに驚いた、ということでした。

地区のひとにたずねてみると、別の場所で育ててあったものを、このあいだ、
ここに植え替えたのだよ、とのことでした。

気をとりなおして、運転をしようとすると、今度は遠くの山並みが気にかかります。
いつもは見えていなかった山の稜線の重なりが、光の加減でよくみえます。

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17:50 - 山水画のような世界にみえてきました♪

それにしても、写真も不思議です。ひとつ前のヒマワリと、1分しか変わらないのですよ!
携帯電話のカメラなこともあり、明るい光と暗い光を同時に撮るようにできないせいか、こんなに違う撮れ具合となってしまいました。

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17:51 - こんどは、高台の上の畑に目を奪われました。

「あの畑で、高所恐怖症の人は作業ができんだろうなぁ。」

‥こうして、いつまでたってもオフィスへたどりつかない道中を過ごしてしまいました。

役場のくにとしさんが、ご飯に行きませんか、と誘ってくださりました。

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37.田んぼでの作業の‥

【2010年8月23日】

稲穂の色が、黄色く色づいてきたように思いました。
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貫田から忠宮エリアへと下ってゆくときに対岸に見える景色です。

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さて、実山のとあるお家を訪問しました。

前に、畑での作業のお手伝いをさせてもらったところです。
今度は、田んぼでの作業のお手伝いをさせてもらえないかどうか、たずねてみました。

ところが、今日やる予定の田んぼでの作業は、かなり専門的な内容であり、慣れた人でないと、難しいものですよ、今日は、手伝ってもらえることがありません、といわれました。

そうなのか、素人では役立たないどころか、足手まといになるようなケースもあるのだな、と納得をしました。

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36.工芸品を集めるのが趣味でして。

【2010年8月20日】
Nads_3140竹でつくったカニがあるぞ、と店主の方が持ってきてくれました。(ずっと下に記載の文章をご参照ください)

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「工芸品の魅力は、つくる人の腕や仕上げ剤や色々なものがからんでくるのだと思いますが、私は、なにより、最初の木選びから始まるように思っております。」と店主さん。

**
【2010年8月1日、8月9日】
私が小代へ引っ越してきたころ、「これから、小代を出て引っ越してゆくんです~」という若い方がいました。熊の研究をするために、小代に滞在しておられた、アメリカの大学生の方でした(埼玉県の出身のひと)。

りょうさん。
その方に色々と、小代での生活入門を教えてもらいました。
ここにいったらあれがある、とか。

そんななかで、りょうさんがよく行くという焼肉屋があり(村岡)、そこは、店主の方が、話好きな方で、ちょくちょく食べに行ったものだった、ということでした。
引っ越す前に、ちゃんと挨拶にゆくくらい(^^)、お世話になったそうでした。
たまたま私がそのとき一緒にいたので、お店へ一緒に入ってみたら、りょうさんが、「自分は去りますが、この人が来ました!」といって、私を紹介してくれました。(焼き肉屋かよいを引き継ぐことになった?!)

研究目的できたということもあり、地区のなかでのふれあいの場との接点があまりなかったそうでした。スポーツが好きで、フットサルなどの仲間ができればなぁ、と思ったりしたのだそうですが、そういう人の集まりと出会わなかったそうでした。(しかし、引越しをする2日前くらいに、食べに行ったお店で、フットサルの会話をしている若い人たちを見かけたそうです。あと3ヶ月早かったらなぁ、と悔しがるりょうさんでした。)

近所の人に、小代に滞在中の、趣味の活動としては何をしたらいいだろう、と相談をしたところ、「釣り」か「山菜採り」かだ、と言われたそうでした。
そこで、思い切って「釣り」をしてみることにされたそうです。なかなか面白く、あちこちで川釣りをしたそうでした。

さてさて、そんなりょうさんが通っていたという焼き肉屋へ、村岡病院で治療をしてもらった帰りに寄ってみました。

【2010年8月20日】
店主の方とお話をしました。
地域振興に関係のあるお仕事で、こちらへ引っ越してきました、ということを伝えると、
自分の住む町についての危機感のようなものを強く抱かれているご様子で、町の元気づくりのためにはどうしたらいいかなぁ、というお話があちこちに及びました。

新屋という奥のほうの集落に住んでいることを伝えると、木地師(きじし)という人たちを知っているか? とたずねられた。

木地師のことは知りませんでした。なんでも、山の奥深くに代々暮し、ろくろをまわして作る木製の工芸品をつくるひとたちなのだそうです。(歴史をずっとさかのぼった頃の話。) 子供も学校へ行かさず、ふだんはずっと山の奥にいます。そして、月に1度や2度、朝市などのあるときに、村の中心地にでてきて、それを売りがてら、村のようすについての把握をし、京都の朝廷宛でレポートを書くのだそうです。

昔は、山の奥の奥(8合目以上、とかの規定があったらしい)は、日本全国どこでも、天皇の領地だと決められていたそうです。そして、そういった奥の奥のエリアに、木地師をすまわせ、ときどきは下界におりてきて、何か異変がないかをチェックをすることを使命とする、いわば、スパイのような存在だったのだそうです。(スパイという言葉を使うことに、悪意はないつもりです。) たいてい、木地師として生きた一族のひとは、同じ姓を名乗っておられるとのことでした。

木地師による工芸品は、小代の観光協会でも展示をしてあるかもしれませんよ、という店主さん。

この工芸品の話から転じて、「こんな工芸品は知っているか?」といった話題になり、店主さんのご趣味が、木製の工芸品を鑑賞したり集めたりすることであることがわかりました。

(これで、冒頭の写真へとつながります。長い前置きでした。)

まずは、木地師によるまるい工芸品。
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うわぁ、なんかみたことある気がします、こういうのん。

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「こういう仕上がりのものもあるぞ。」

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これは、村岡区にいる職人さんがつくったものだそうです。
作詞家の阿久悠  さんが、好んで買って帰り、メッセージまでくれたそうです。

Nads_3141こちらも、同じ職人さんによるもの。
こういった素朴な味わいのある民芸品をみると、ある時代を思い出す、と店主さんは語っていました。一時期、但馬で、こういった民芸品づくりで地域振興をする一大ブームがあったのだそうです。

Nads_31421次は、ちょっと遊びと仕掛けのある、宝物入れのような箱でした。
なんでも、素材に使われている木が、特別なものらしいです。(つづく)

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縞柿、というのでしたけ?
木材の中央にのみ縞ができる、高級な柿だそうです。
いま、検索で調べたら、同様の素材を用いた、84,000円という高価な工芸品の紹介ページがでてきました。おおお。これも、きっと高価なものだったはずだ。

見せていただけたのはありがたいことでした。
いや、値段のことではないのです。(しかし、私のような素人の凡人は、値段をきいたりするまで、すごさがわからなかったりするものです。)
箱のたたずまいというのか、雰囲気やオーラに注意を奪われたものでした。

Nads_31461 なんか、面白そうなつくりの箱でしょ?
仕掛けがあるし、見ればみるほど遊びのいっぱいある箱なのだそうでした。

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ここから先は、写真を撮るのも、公開するのも遠慮をしようと思うようなものばかりでした。
しかし、店主さんのお話が印象ぶかかったので、この写真までは掲載させてもらいますね、とお断りしておきました。

こちらの箱も、材料の木選びからすごいらしいのですが、箱づくりの作業もまた細かい。
なんでも、四方どの面も、本体とフタとで、木目がつながっているのだそうです。
これをやるには、相当な技術がいるらしいです。

焼肉定食をいただいたあと、デザートがこんなにもたくさんで、満腹にさせていただきました。

たけしさん、ありがとうございます!

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35.歴史絵巻のスイッチ ON/OFF

【2011年8月23日】
実山地区には、武士たちの動乱のあった時代の痕跡がのこっているそうです。

このあいだかおるさんから聞いたような、源平の合戦の頃の、落人がここに滞在していた、という話もそうですが、そのほか、戦国時代の足跡もあるようでした。

戦国時代のは、小代一揆の平定にやってきた秀吉の軍による殺戮だった、とのお話を、たかしさんから教えてもらいました。

鳥取の山名氏や毛利? を討つために来ることになっていた秀吉が、その準備として、9号線沿いの村々を味方につけるキャンペーンを展開中でした。(いまの地名でいうと)養父、八鹿、村岡、‥と順に、秀吉の思うとおりに動くことを承諾したのですが、小代は、そうではなかったのでしょうか。抵抗をしていたのだった、とのことでした。
はじめ、家来の者(藤堂高虎)が小代の抵抗を抑えるように来たらしいのですが、小代はなかなか手ごわく、命からがら逃げる始末(その後憤死?)であったそうです。

それに激怒をした秀吉が、8000人の兵を率いて、この地に来たのだといいます。
村の男どもがみんな殺され、村のまんなかではりつけになった人もいただろうと言われているそうです。

みんな殺される、というのは、想像を越えています。そんな話を聞かされると、なんだか落ち着かなくなります。おりしも、小代のまんなかといえば、ここなのかぁ、と思いながら、田んぼをみて歩いていた頃でした。

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おじろのまん中といえば、ここだ、という人がおられました。

今でこそ、大谷地区という、商店街のある大きな地区があり、役場も郵便局も商工会議所もチコマートもあり、そこが、おじろのまん中であるように思われます。

上の「宮の前」は、大谷よりも、もう少し谷の奥へはいり、現在の中学校や小学校のある向こうのエリア。‥実山エリアの隣接エリアや、実山エリアです。

このあたりに、村の首長のような人の家があっただろう、ということが言われていました。

Nads_32151エリアのそばに、歴史紹介の看板がありました。

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歴史絵巻は、ときとしておそろしく影響力がありますね。

映画《エイリアン》をみたあとに、風呂場の扉をあけるのが怖くなるのと少し似ています。

「つわものどもが、夢のあと」とはよく言ったものです。

つわものどもが、この地でやりあっていたのだなぁ、ということを知っているのと、知っていないのとで、同じ景色をみても違ってみえる気がします。

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実山地区の、少し離れたところに、別の歴史紹介看板もありました。

こちらは、例の平家の落人(朝倉高清氏)のことを紹介するものです。

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いくさに負けたあとの、平家側の武人は、源氏側の者(権力の座にいよいよつこう、とする人たち)に追われる身であった、ということなのでしょう。

しかし、朝倉高清のこの地での隠匿が農夫の目撃証言などで「われてしまった」とき、朝倉高清は、どこかみどころのある印象を与える人物であったのか、強そうな人物だと思われたためか、関東で、源頼朝たちを困らせていた白猪を討つことを頼まれることになったそうでした。

白猪をしとめた功績をたたえられ、但馬の所領を与えられたのだといいます。
白猪? ‥怪獣と、看板には書かれていますね。

記録のある話ですが、伝説のような伝承のような話でしょうから、実際には猪ではなかったかもしれませんね。肌の白い巨体の豪族???

もう少し読んでみます。
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「高清は、1204年から2年間で城山城(じょうやまじょう、美方町忠宮)を築城し、一族から次の三者を小代郷へ送り、生活を安定発展させた。」

【2010年9月5日】
うへ山の棚田の刈り入れ前の姿をみにいった帰りに、城山城へ立ち寄った。山城であった。山の尾根にやぐらなどの跡がのこっていた。

なるほど。‥実山側から、貫田経由でのぼっていっても、城山城やし、あっちへおりたら、久須部川の渓流やし、そのまま山のすそのほうへゆくと、大谷なのでした。

秀吉が来たころにも、田公候というひとがお城にいたそうでした。すごい。
田公(たきみ)さんは、上の看板にも載っている名前。300年続いたんやね。

さて、上の看板の一番左に、「井上六郎」という名前がある。これは、朝倉高清の孫に相当する人らしいのだが、どうも、この人が、近年まで実山で本家だった井上さんの一族の祖であると考えられるそうなのだ。

えーー。700年続いたの?!
実山地区には、井上という姓の方が、20人以上おられます。

【2010年12月5日】
とはいうものの、直接のつながりがあったはずのお方は、現在埼玉県か、神戸市北区におられるとのことでありました。そうか、同じ苗字であっても、家系の違っている人だ、ということも多いのですね。

【2010年10月15日】
たかしさんは、自分の住む村に伝わる伝説だということで、歴史資料の文献を、かなり熱心に読んで調べられた、とのことでした。
現在、城山城の木製の碑が、朽ちかけている状態であるらしく、できることならそれを、石碑に変え、少し内容も拡充させてみよう、という構想を抱いております、と語るたかしさん。

なんでも、先日(10月11日)の新聞記事が印象にのこった、とのことであった。

彦根市市長が、安政の大獄の犠牲となった方々のゆかりの土地を慰問したところ、返礼に、各該当市長や町長が、井伊直弼の墓参りなどを行い、歴史的なしこりがほどけ、怨念を解き放つ第一歩となった。」
時とともに、歴史は刷新されるのだ、とお感じになったようでした。

たかしさんによれば、「最初の看板(秀吉による殺戮のことを伝えるもの)を作ったときは、≪訴えよう≫という気持ちが入りすぎていた、あおるような言葉を使ってしまったところもあった。自分たちの村の祖先の人たちが苦しんだ、ということだけを思っておりました。いまは、もう少し客観的な内容のものがつくれるのでないか、と思います。」

【2010年8月23日】
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実山から奥山へ入っていったときの、右手側に、落人のこもっていた内倉洞窟があるとのことでした。
そして、後になって、落人の子息のものが、苦難の日々を乗り越えたことを讃えつつ、今後の一族の繁栄を記念しつつ、お堂をつくった、というのが、もうひとつ別の左手側の山の上らしく、そこにあるのが峰山観音だという。

峰山観音のある峰は、実山集落のなかからは隠れてみえないという。
なので、その峰のみえるところに、この歴史パネルを置くことにしたのだ、ということのようでした。(また同時に、この場所じたいが、故事のある場所でもあるそうでした。)

峰‥ ちょっと見えてましたよ!
夏の夕暮れ時。雲がうっすらとかかっていました。
(逆光になり、写真に写りにくかったので、あとで少し補正をした写真です。)

【2010年12月1日】
私も、どうやら歴史ずきなところがあるようです。
時間旅行をして、いろいろな動くものに思いをはせることに、ロマンがあるのでしょうか。
歴史のことは、ときとして、心の一面にひろがり、注意力を奪ってしまいます。
スイッチがあって、そのときそのときで、ON/OFF ができたらいいのになぁ~。

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34.庭木の剪定をする。

【2010年8月19日】

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この木を、もう少しスマートにしてやろう、ということになりました。

思い切って、あちこちを切り、だいぶ切りました。
横からみると、
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こんな感じ。だいぶ整ってきました。

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なかなか手の届かないところもありました。このくらいにしておこうかな。

Nads_3090 反対側からみると、こんな感じです。スマートになったかな!

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33.クマに注意。

【2010年8月19日】
たまゑさんのところで、クマの被害を伝える新聞記事をみました。

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2日に牛舎の中で男性が襲われ、その牛舎の横に設置した檻に、4日体長1.45メートルのクマがかかった、ということが書かれています。

Nads_2988_2 看板はあちこちに立てられています。

9月のあたまに、目撃した人の話をききました。
9号線の、熊波地区に入るところの近所にある歩道橋のたもとで、そのできたばかりの新しい歩道橋のチェックをしている様子だった(クマが)、とのお話でした。
その後、クマは、左右の安全確認をしてから、9号線を渡って、向こうの山のほうへ去っていったそうでした。

【2010年9月14日】
オフィスへ戻るのが夜遅くになったときのこと、私も熊をみました。
県道沿いの貫田地区のあたりで、車の前を横切りました。左手(川のほう)から右手(林のほう)へ。車の音とライトに驚いたのか、こっちをみたあと、ありゃりゃ、という感じで移動していきました。口にくわえていた野菜のことが見つかって気まずかったのかな。

10月下旬、オフィスのプロパンガスを買っている業者の今井さんが、8月あたまに牛舎で噛まれたひとは、「ひたいの皮が、フランケンシュタインのようにめくれた」傷だった、という話をされていました。

【2010年10月29日】
実山のきちろうさんと一緒に、大谷のよしおさんの牛舎まわりのお手伝いに行ったとき、よしおさんは、こんな自己紹介をされた。

「きっとご存知だと思いますが、あの、8月あたまに熊に噛まれた家です」

襲われて噛まれたのは、よしおさんの息子さんだった、とのことであった。
「おお。フランケンシュタイン的傷の!」

80kgほどの小熊であったらしい。飛びかかられたとき、はじめは何がなんだかわからなかったそうでした。朝鮮に拉致されるのだろうか、と思った、とのことでした。

結果的に幸い、怪我で済んだのであったが、ばい菌が入っているかもしれないということで、手術は難航し、翌朝4時までかかったといいます。
2日後の5日未明に、よしおさんの牛舎の外にあった檻に、120kgほどの熊がかかったそうでした。
檻に入ったものの、扉が数時間のあいだ閉まらぬままで、扉を閉めようと奮闘をおこなったのはよしおさんだったとのお話。
その後、5日の14時頃にようやく、熊は麻酔をうたれ、8人がかりで運び出され、山の上へ連れて行かれたそうでした。120kg!

専門家のひとによれば、クマは、こちらから怖がらせたりしなければ、また、不意にばったり出会ってお互いに驚いた状況だったりしなければ、襲ってこない、との話。よしおさんの息子を襲ったクマは、小熊であり、急に現われたよしおさんの息子をみて怖くて無我夢中で襲った、ということなのでしょうか。

山を奥のほうへのぼりはじめたところにあるよしおさんの牛舎は、すぐそばが森林。
時間帯によって、熊の居場所が変わっていることが、鳴き声などからわかる、とのことでした。
熊の動きは、あたかも、よしおさんの活動が終わる夕方の時間帯をみはからって、近づいてきているようである、とのこと。
人間とクマが、うまく共存できているのだよ、とよしおさん。


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032.納屋の前の木を切る

【2010年8月18日】Nads_30441
たまゑさんのところの納屋の前の木2本を切ることになった。

Nads_3045ちょっとずつ。

Nads_30461 今朝は病院へゆき、頭痛が、額のはれに起因するものなのかどうかみてもらってきた。

Nads_3050 お天気のよい日でした。

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この木は、ずっと邪魔になっていたそうでした。

Nads_3053 すっきりとしましたね。

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「跡に、花を植えようかな。」「生け垣のようにしようかな。」とたまゑさん。

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031.盆踊り3発でした。

実山地区では、盆踊りをしなくなっていました。
今年、かおるさんのところへ帰ってきていたお孫さんたちは、向かいの貫田(ぬきだ)の盆踊りへ行っているそうです。

【2010年8月14日】
新屋の盆踊りでした。

Nads_29581 1週間、毎日、地区に伝わる踊りの練習をした成果はでるでしょうか?

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魚や氷を売る出店などもあるようです。
地区の、まだ知らない若手のひとたちが店をやっています。
行ってきます!

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私は、額に怪我をし、黒い糸がまだ額についたままでした。
グロテスクな相貌であったので、晴れやかな祭りの日には。。と少し遠慮がちでした。

しかし、地区のひとたちは、「ドジな怪我をやったなぁ」と大笑いしてくれました。
そうか、初対面でも自虐ネタで会話を始めてよかったかぁ~。

Nads_29561 音頭出しは、生声であった。‥そうか、音楽はテープで流しても、ヴォイスはライブなんですね!

河内のレゲエイベントでMCが充実してるのは、祭りで鍛えられているせいなのかな、ということがふと頭をよぎりました。

音頭出しをしているのは、よしゆきさんという方。

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音頭出しは、志した人が先輩を見て盗んで学び取ったものだ、ということが書かれています。小代の各地区での、盆踊りの違いなどについても解説がされてありました。

後に、実山のまさみさんに教えてもらった話ですが、盆踊りの音頭のなかで、人によっては、かなりのアドリブで色々なハナシを聞かせるタイプの音頭出しもあるよ、とのことでした。

時事ネタをうまく盛り込んだ音頭だったり、地区の自慢話や我が家の家計のつらさなど、なんでもありの話題がさりげなく歌に添えられたりするそうです。

聞いているこちらが、冷や冷やするような盆踊りもあるのだと言われてました。

納涼、ですね。

【2010年8月15日】
茅野地区、それから秋岡地区の盆踊りにも行ってきました。

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030.向かい(対岸)へ行ってみた

【2010年8月15日】

新屋の芸能同好会のメンバーが、対岸の秋岡地区の盆踊りに出演することになり、私は、入場のときの旗持ちをさせてもらうことになりました。

同じ車でいけるかどうかわからなかったこともあり、車に不慣れだった私は、暗い坂道で停める場所をみつけられず立ち往生してしまうおそれもあるので、下見をしておこうと思い、初めて対岸の村々を訪れてみることにしました。

ちょうど、4日前にみた新屋の上(かみ)の高原からの眺めが印象にのこっていたこともあり、川沿いの集落「秋岡」を確認したあと、「佐坊(さぼう)」のほうへもあがってみることにした。

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まんなか奥(遠く)の家並みが新屋集落。その上にスノーパーク。高原コテージは右のほう、かな。

佐坊まであがると、三叉路があり、左へゆくと、帰ってこれなさそうな道だったので、右のほうへ走ってみた。すると‥

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知らぬ間に、貫田エリアのほうへ向かって走っていた。目にはいってきたのは棚田の光景。

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おおお。

あとで聞いた話なのですが、完全な状態へのこだわりがあるひとは、もともと田んぼだったところが、現在イモ畑になっている、のだといって、不平を言うらしいです(^^)。たしかに、田んぼじゃなくなっている箇所がありますね。

私は、ちょうど数日前に額を割る(ドジな)怪我をしてしまい、その後の経過のなかで、腫れがひかないせいか、圧迫されるような頭痛を抱えておりました。
美しい光景を前にすることで、頭痛が吹き飛びました。(たぶん)
とにかく、その日は、何か気晴らしとなるものを探すことで必死になっていた面もあり、イモ畑のところが、昔は田んぼだったのだろう、といったことまでには、想像がおよびませんでした。

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追記 【2011年3月】
さて、こういった棚田の保全などの活動を軸としつつ、有機農業や貸し農園などの取り組みにかかわる活動をされているNPO法人にお世話になることがありました。

せっかくですので、この場で紹介させていただきたいと思います。

        ↑あ! イモ畑になる前に撮られた写真が掲載されているようです~。

この貫田地区の棚田へ、年に2回、田植えと収穫祭などの体験イベントをしに来られているようですよ。
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029.植物が好き、動物が好き。

8月1日の獣害レンジャーのときに来てくださっていた中田先生と学生さん2人が、鳥獣害対策の調査で但馬へ来られているとの知らせをもらいました。その足で小代へ立ち寄ってくださることになり、但馬オフィスへ泊まってもらうことになりました。

【2010年8月10日】
Nads_28821 柵などの対策の有無の調査をされている様子でした。航空写真をもとに、調査スポットの見積もりをたて、実地に点検をして、もろもろの項目を記録してゆく。

調査の途中、ヌートリアなどの動物に出会ったそうでした。

【2010年8月11日】

朝の散歩へゆく、じゅんやくんとにしなさんに付いてゆきました。
夏の朝は、5時6時台の、太陽がのぼりきる前にゆくのがコツらしいです。

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まずは家の前から。

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新屋集落のところからあがってゆくと、スノーパークがあり、それを越えてまだまだ奥まであがってゆくと、高原の村(但馬南部高原/とちのき村)があります。

カラスの鳴き声が聞こえてきます。カラスの鳴き方には大きくわけると2つの系統の種類があるのだ、とじゅんや君が教えてくれました。(にごった鳴き方をするものと、澄んだ声で鳴くものと??)

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八反滝のところまでゆきました。

↑ いのりは、「やそりだき」と読んでしましましたが、それは間違いらしく、「はったんだき」が正解です。

☆ 載せきれなかった「小代の夏」写真はコチラ↓

[ 写真は、アップロード時に処理をし、どれもサイズを落としてありますが、 1024 x 768 どまりにしてあるはずです。最近のワイド画面には対応していませんが、壁紙にできるくらいの大きさですよ!]

stream 2010Aug~1

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028.かおるさん (2/2)

≪かおるさんの話≫
(聞き手= いのり)

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――田んぼのなかから、出てきたものを祭ったんですか?
そうだ。偶然拾われて見つかったものだったが、ちゃんと祭るようにした。

――アサクラニュウドウタカキヨ(朝倉高清)?
追っ手を逃れて、あすこのほらあなに隠れとった。何年ものあいだ。奥は這って行かないと入れないような洞窟だ。
その高清は、腕力のありそうな人だった、関東のほうで人々を困らせとった白いイノシシを退治するようにいわれ、退治をしたら、追われる身ではなくなり、褒美までもらった。

高清のいわれのもんはあちこちに残っておる。
八木のところにある城もそうだ。
七美郡誌とかの記録から色々なことがわかる。
平成3年から9年のあいだ区長をつとめたが、そのときに、町外視察というものをするということで見に行ったりした。

兄貴が亡くなって初盆だったので、養父市関宮の三宅というところへ行ってたのだが、そのときに、久しぶりに朝倉高清のことを話に聞いた。
内倉大明神。
それで、八木のお城を見に行った。石垣しか残っておらぬが。自分は石屋(石切り)の仕事をしていたこともあるので、石垣があるなら、見たいと思う。

――牛を飼っておられるようですね。
県の指定牛
4年間 1等 品評会 9月と10月
温泉町まで連れてゆく。
子牛が84万円。
大型の牛が好まれる。かなわんわ。草をよく食うし。

9年前に家内が亡くなって‥もともと家内のほうが牛のことはよく知ってやっていた。

冬場、酒屋に出稼ぎにゆくあいだ、みな家内が牛のことをしていた。

家内が亡くなったときに、毎日どうやって過ごそうか、と考えていた

好きなことはある 木彫りの彫刻

――獅子舞の獅子を作っておられたようですね。
能面もつくるし、色々なものをつくる。

温泉町の神楽から3人来て、ししまいをやってくれんかのう、と。

先生はある。京都の祇園の。
生木(なまき)はあかんで、6月にとった木を8月まで乾燥させて。

教室へいったら、掘り終わった木が余ってて、ただではあかんから、値段をつけ1万円で買って、8ヶ月かかってつくった(獅子)。

先生のは大きい、これは6cm小さい。
和田山もほしいと言ってきた。

播州姫路のアオクラ、ニイという駅のところへ‥

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この2つの獅子を比べてみよう。
僕のつくったものは、鼻のしわがある。こちらはない。
僕のつくったものは、目と目のあいだが少し離れて開いている。こちらは、目と目が寄っている。‥どうです、鼻のしわと目の間隔をこうするだけでも、すごみがでてくるでしょう?

赤に黒を混ぜて塗っているところ。
また、赤を多くして、みかん色に塗っているところ。うるしをまぜて塗っているところ。(‥)

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(箱から能面をだしてみせてくれるかおるさん)
――ありがとうございます。
平野の老人会で披露をしたことがあった。
お面だけを貸して、服は各自で持参してもらい。

能面は、25点ほどある。豊岡にある文教府へ(展示出品)出そうかなぁ、と3点選んだ。

ししくち、おおべしめ、おん‥

9月、木の殿堂、出さにゃーと思うとった。

金賞とか銀賞。


(奥から、『能面打ち ――堀安右衛門の作品と技 (上)』(淡交社,2002年4月)という、大判の写真で能面の細部をよく伝える図録がでてくる。 )
――かおるさんの作ったこのお面は、ここの「中将」と紹介してあるお面なのですね?

そうだ。「中将」は、公家だ。「今若」というのもある。これらは、年齢の違う人々だ。雰囲気も違うだろう? [※いちばん表情が面白いなぁ、と思ったのが、公家の若い人の面だったが、写真には、撮らせてもらいそびれました。]

――そうですね、こちら(今若?)は、ちょっとみずみずしい感じがしますね。隣のは渋みというか味わいがありますね。その次のはかなりお年寄りの顔だちですね。

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木のうえに、下塗りは10回
ペーパーをかけて
木綿の手ぬぐいで水で拭いて

30個つくって出荷しただ。

――能面づくりを始めてみよう、と思ったきっかけは何かあったのですか??

家内が亡くなった翌年に、篠山の薪能を観に行った。篠山の薪能は有名でな、家内が何度か行きおったから、自分も行ってみようと思ってな。
へしたら、そこの能は、毎年、古い面をつかって上演しとる。(‥)

八鹿のペアへ行ったら(‥)
つくなみの森本レストラン(‥)

女面をこしらえるときは、傷がいかんようにつくる。
男面は、傷をこしらえてつくる。
煙突のススを煎じて、そのススを塗ったら、この般若の色になる。
ほんとうは、(京都)太秦(うずまさ)のようなところで、色を買ってこないといかん話だ。300cc いくらいくらとかで。非常に高価だ。
(自分なりに、色になるものを使ってぬれば、塗料を買いに行かなくてもできるものだと考えて、やった。)

///////////
平成13年より、(‥)
(奥の山道??) 道がぬけたのを、180万円で舗装をしなおした。

――石屋をしていたとお話しされましたね?
石垣を積む、石積みの仕事や、石割りの仕事をしとった。
前の石垣は僕が積んだんだ、ぜんぶ。
城の石垣が好きなもので。

ごつい石も、割るやりかたがある。
火薬をつかって割るというのもあるが、そうでなしに、矢で。やじりで。穴を。
‥そういう技には、これこれのやりかたとかコツとかを知っていないとできない。基礎があるわけだ。

石屋
げんのう
しめれと しめつける、3倍の力
開こうとするよう、横をたたいてやる。

――能面づくりにも、コツとかがあったのでしょうか?
3年間、じーっと見て学んだ。自分で掘るということをせずに。

運送会社に勤めとったのをやめて、何かしなくちゃ、というときに、大谷の文房具屋へ行った。
筆ペンを20本買ってきて、
春から秋までの時間をつかって、上達せんだらやめると思い、やりはじめた。
そして次に、今度は、筆ペンでなしに、筆を使うようにした。

フォームというものがあるとわかるようになった。

酒づくりのときに、「ええコウジを出すなぁ」と言われることがあった。40度では温度が高すぎる。37度とかの、ちょうどいい温度に管理をしてやらなくてはいけない。コウジがちゃんとできてなかったら、いいお酒にならない。

何をやるときも、フォームの基礎というものが、どこにあるのかを探りつつ取組むようになってからは、色々なことを身につけるのが楽しくなってきた。

また、「こまけぇこと」(こまかなこと)に気をつけて取り組むのが、自分のスタイルとなってきた。
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能面づくりは、まだまだ色々なことを学びつつ取組んでいるところであるが、色つけの作業については、(こまかなニュアンスをだした表現が)だいぶできるようになった。

――能面づくりには、型をこしらえたり、木を彫っていったり、など色々な作業があるなかで、「色付け」がある意味、得意分野だ、ということですね?

「こまけぇこと」は、○○さん[かおるさんのこと]にゃとてもかなわんわ、と先生に言われるまでになった。

(お礼を言って帰ろうと玄関へ出たときに、ぞうりが目にとまる。)

猿尾滝のぞうりづくり。
名物にしようと、30足つくっただ。
みんな売れたって。

わらじとつまご。雪の中で歩くときに使うやつだ。

ぞうりづくりを教えてくれ、とよく来る。
豊岡からも来るし、いわゑさんも来た。

背丈の低い人向けに、ぞうりづくり用の台もこしらえた。

(ぞうりづくりは、ここらへんでは、冬場に、男たちが酒づくりの出稼ぎで出ているあいだ、残った女のひとが、冬の間、わらを使っておこなう作業だ、ということのようである。牛を飼っているかおるさんは、奥さんが亡くなったり、酒づくりに行かなくなったりしたことを契機として、ぞうりづくりの名手となり、他の人に伝えられるくらいになった、ということのようであった。)

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[話し始めると、とまらなくなり、2時間ほどのあいだ、ひと息にお話をされました。]

かおるさんに限ったことではないとも思われるのですが、話をしているときに発される「パルスのようなもの (リズムや抑揚、脳内発火の火柱のようなもの)」を受けとめるのが、面白いな、と思うようになりました。その最初が、かおるさんのお話を聞いたときだった、というわけです。

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